4月はもう目の前 2

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4月はもう目の前 2

 3月第三土曜日の少し前のこと。  県庁4階の教育委員会の案内板かかったフロアで 「うーん。どうしよう」  という小さなつぶやきを、偶然、中位将之が拾った。  ドアの上に掲げる案内には「人事課」と書いてある。  中位将之。県の教育委員会に勤める。高校時代に知己と同じ剣道部所属で、高校時代には幼少の頃から鍛えたセンスと恵まれた183㎝の体躯で活躍した。転勤族だった両親が東京に居を構えたので、要らなくなったマンションを将之に与えた。将之は一人で使っていたそこに、高校時代よりの思い人だった平野知己を呼び込むことに成功。それで毎日がバラ色かと思いきや、残念なくらい男にもてる知己は、残念なくらい鈍感で、家永、門脇、クロードと次々とややこしい事態を招いていた。  自分というものがありながら、呑気に理科室にクロードと二人で籠り、英語で語り合いながらいちゃついていた日には、正直、もう無理だと思い、別れる覚悟だったが、職場の後輩・後藤の機転で円満解決。  知己は高校教師として、将之は教育委員会として忙しい日々を送っていたが、今度こそバラ色の日々を送っている。  ただし、恋愛偏差値低い平野知己のこと。  いつまたややこしいことにもなりかねない。  そんな不安が常に付きまとっている。  近くに掛かっている時計を見ると20時を過ぎている。 (こんな時間まで……、誰だろう?)  同じくこの3月に莫大な仕事量を抱えていた将之は、「定時退勤? 何、それ美味しい?」状態だったので、気になって中を覗いた。  そこには大きなホワイトボードを衝立のようにして外界と遮断し、パソコンモニターと睨めっこしている人事課の村上が居た。 「村上課長、まだ残っていたんですね」  思わず声をかけてしまった。  年度末の途方もない仕事量。迫る時間に将之さえも、どこぞのチンピラのように「今日の所はここまでにしといてやる」的な気持ちで、そろそろ帰り支度をと思っていた頃だったが、村上の方はまだまだそんな段階ではないようだ。 「あ、中位くん」  ホワイトボード脇から顔をのぞかせた村上は焦燥感が滲み出ているものの、将之に声をかけられて少し嬉しそうだ。 「よかったら、ちょっと相談に乗ってくれる?」  ちょいちょいと手招きされ、他に誰がいるわけでもないのだが、気が引けてそおっと中に入る。 「はあ、僕なんかで良ければ。でも、いいんですか?」  人事のことは極秘業務である。他の部署の者がおいそれと目にしていいものではない。 「そこは他言無用ってことで。君はまったく部署が違うからさ。第三者の目線で公平な意見を聞きたいなと思って」 「はあ」  将之の評判はすこぶる良い。  仕事は捌けるし、難しい案件にも多種多様に対応する力ももっていた。その噂を村上も耳にしていたので煮詰まった村上は、将之の意見も聞いてみたくなったのだ。
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