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「じゃあ、やめればいいじゃねえか。本館でも、実験はできるだろ?」
「それが、今、やりたいのは研究所の実験機じゃねえとできない実験を予定している。俺一人でも行きたいぐらいなんだ」
「……じゃ、一人で行けば?」
「戦力は多いほどいい」
そして、家永は顔の前で指を組み、そこから知己をじぃっと伺い見た。
「……まさか、実験の手伝いに俺に『来い』と言うんじゃないだろうな?」
嫌な予感がして、知己が先手を打つ。
「百回は言ったと思うが、学校の先生は夏休みが暇だと思うなよ」
「それは耳タコ(※)だ」
溜息交じりに言われて、実験に誘われなかった。
(あれ? 俺、自惚れていた?)
ちょっと恥ずかしくなる知己だった。
「俺が当てにしているのは、門脇君だ。彼は無茶苦茶筋がいい。百人力という言葉がぴったりだ。二年生しておくには、実に惜しい。ちょっとフライングだが、ゼミ生みたいな感じの扱いで実験に付き合ってもらおうと思っている」
(ゼミ生みたいな感じって……なんかふわっとしつつ無茶苦茶なことを言い出したぞ)
やはり、今の家永の思考回路を危ぶんでしまう。
この男、実はかなり追い込まれているのではないだろうか?
「幸いなことに門脇君と菊池君は地元民。帰省することはない」
「え? 菊池も?」
相変わらず、菊池は門脇に付きまとっているようだ。
門脇と菊池は小学生以来の腐れ縁。それともう一つ、理由に心当たりが有った。
門脇は御前崎美羽の彼氏役兼護衛をしている。
御前崎美羽の傍には、ほぼ常に近藤大奈が居る。
菊池は近藤が好きだ。
つまり門脇の傍に居れば、近藤に会える機会が増えるのだ。
(菊池……いじらしいな)
と思っていたら、家永が話を続けた。
「門脇君にくっついて、時々俺の研究室にもやってくる。この際、菊池君の手も借りたい」
「へえ。意外だな。菊池にもそんな実験の才能があるのか?」
「いや、残念だが彼にはなさそうだ。言われたことは、なんとかできる程度」
本人いない所でエライ言われようだが、家永はそういう奴だ。
優し気な外見と違って、この男には裏がない。よくも悪くも思ったことをはっきりと言う。多分、菊池が居ても同じことを言っただろう。
だから、人付き合いの苦手な理科室引き籠り教員・平野知己も、家永晃一とは長く付き合っていられる。
(※)耳タコ・・・「耳に胼胝ができる」の略。胼胝を「タコ」と読めずに、第一候補で出てきて「え?何、この文字?そうじゃない。私が調べたいのはそんな言葉じゃない」と思いました。ちなみに鶏眼で「ウオノメ」だそうです。これもなんかちょっと違う・・・。
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