242人が本棚に入れています
本棚に追加
/778ページ
(なんか、めちゃくちゃ甘えモードに入っているな)
知己は、されるがままにしていると
「とにかく、家永さんが言うには『まじで切羽詰まっている。邪な思いは一ミリもない』って言うじゃないですか。門脇君も参加というのがすっごく嫌だけど、家永さんには命助けてもらった借りがありますからね。これでチャラってことで……」
顎の下の知己にではなく、正面を向いて、何やら独り言のように将之がつらつらと語る。
「お前の借りを俺の労働力で払うなよ」
とりあえず知己は突っ込んだ。
「僕の命の借り……思いのほか、お高くつきました」
やはり将之は、どこか不満そうだ。
「……ん? 今、『家永が言うには』とか言ったか?」
頭を外側にずらして、将之の顎から逃れて知己は言った。
「お前、家永と話したのか?」
「はい」
将之は「しましたが、それが何か?」みたいな顔をしいる。
「じゃ、俺の話の内容、あらかじめ把握していたのか?」
「そーでーす」
さっきと同じ軽いノリの将之に
「狡いな! 俺がちゃんと話すかどうか試したんだな!?」
「そうなりますね」
「何だよ、もー!」
知己は、ぷぅっと膨れた。
とても30歳の男の顔ではない。
だけど、
(めっちゃ可愛い)
と将之は思わず笑ってしまった。
ついでに回した手に力を込めてしまい、ぎゅうっと知己を抱きしめ、今度は右肩に顔を乗せた。
甘えんぼの抱っこから、急に情熱的なハグに変わって
「……おい、苦しいぞ」
知己が恥ずかしさに、居心地の悪そうにもぞもぞと体を動かした。
「僕としては、家永さんや門脇君のいる狼の群れに30歳の子羊放つ真似したくなかったんですが」
30歳の子羊に矛盾と悪意を感じる。
「僕はどうせアメ研行っているし、家永さん困っているみたいだし、先輩が行きたいんならいいかって気になりました」
将之にしては珍しいことだった。
自分が不在なら、なおのこと、知己には家に居てほしいと言いそうだ。
それもこれも、家永が将之にあらかじめ話を通してくれていたおかげだろう。
「しかし、家永とどうやって話をしたんだ?」
「不本意ながら、実はケーバン交換した仲でして」
「いつ?!」
正直、知己はめちゃくちゃ驚いていた。
「ん-っと、先輩の誕生日に家永さんをご招待した時かな? それとも僕の虫垂炎の時だったかな? いつだったか忘れましたが、意外に僕ら仲良しなんですよ」
やっぱりにっこり笑ってみせる将之に、今度は嘘寒さを感じた。
最初のコメントを投稿しよう!