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慶秀大学海浜研究所 3
そして、8月10日を迎えた。
現地集合ということで、海浜研究所の最寄りの駅で家永達と落ち合った際に、門脇は嬉しそうに知己に絡んだのだ。
各々が一週間分の衣類・着替えを詰めた大きなスーツケースやボストンバッグを抱えた家永御一行が、駅から徒歩20分の研究所へと歩き始める。
道すがら
「絶対に先生は来ないと思ってた」
と門脇が話し始めた。
海沿いの堤防脇の道から、山側に折れて上り始める。
「そうか?」
知己にとっては、なんとも懐かしい道である。
学生時代、今回のように労働力で駆り出されていた。
あの時と同じ潮風が、知己達を迎えている。
「あの偏屈なおっさんが許すはずないと思ってたのに……、知己先生。どんな技使ったんだ?」
「いや、何の技も使っていないし」
不満そうに知己が答えると、家永が
「そうか? 俺は必ず来てくれると思ってた。なにせ、俺はあの意地悪なお坊ちゃんには貸しがあるからな。あんな奴でも、助けておいて良かった」
と得意げに言った。
「俺の知らない所で、話をするな」
やっぱり知己が不満そうに言うと
「すまんな。平野があの坊ちゃんの許可が要るっていうから、あの後、あいつに電話してみたんだ」
家永が知己を抜きに話を進めたことを素直に詫びた。
「いや、いい」
(そのおかげで話はうまく進んだんだ)
と知己が思っていると
「あのぉ……」
気まずそうに菊池が話しかけた。
「さっきから誰の話をしているんです? 偏屈な『おっさん』だの意地悪な『坊ちゃん』だの……さっぱり分からんのですが」
「あ……?」
一瞬の間の後に、ぶほっと吹き出したのは門脇だった。
「はははっ! あいつ、名前出されないでも『おっさん』や『坊ちゃん』で通用するんだ!?」
しかも、もれなく「偏屈」だの「意地悪」だの不名誉な修飾語が付きである。
「笑うな、門脇! 将之は『おっさん』でもなく『坊ちゃん』でもない!」
弁護するだけ虚しい。
さっきまで名前を出さずとも会話が成立しているのだから。
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