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固まった知己を、気にせず家永は続けた。
「何をどうしたらそんな夜を過ごすことになるんだ? 我がまま坊ちゃんだけでは飽き足らず、教え子に手を出すとは情けない」
(坊ちゃんで足りないのなら、門脇君ではなく俺にしろ)
と言いかけた言葉を飲み込み、家永がスクエアタイプノンフレーム眼鏡の鼻パッド部分をくいっと押してかけ直した。
(親友のポジションでいいと思っていたが、意外にもくるな)
余計なことを言って、知己が帰ってしまったら芋づる式に門脇も帰るだろうし、門脇が帰れば菊池も帰る。
それは困る。
今の優先順位は、知己<実験。
家永は、したたかに分別のある大人でいようと思い、怒りを鎮めてクレバーに徹することに決めた。
「……言っとくけど、変な意味でしたんじゃないぞ」
「じゃあ、どういう意味でしたんだ?」
家永は感情滲ませずに訊くと、知己が実験の手を停めて家永の方を向く。
そして、門脇達との修学旅行のことを思い出して語り始めた。
「修学旅行のスキーで初心者の門脇が暴走。それをとめたら、二人で転んで雪まみれになったんだ。転んだ時に門脇が足を痛めて、ついでに運悪く吹雪いてきて、ホテルに帰れなくなった。なんとか近くの炭焼き小屋までたどり着いて、仕方なくそこで一泊したんだ。炭焼き小屋には、たまたま布団が一式だけあったんで一緒に寝るしかなかった。それだけだ」
説明下手な知己にしては上出来だ。
意味は分かる。
言っている意味は分かるが
「パンイチになる意味が分からないな」
パンツに拘る家永だった。
椅子に深く座り直し、片手に顔を預けて考えるポーズはかの彫刻に似ていた。
(態度は至って真剣なのに、聞くことはそれか)
知己は少しおかしく思った。
「雪まみれになったんだ。雪が解けて、ウェアがびしょびしょになった。それで脱いで乾かしたんだ」
「低体温症を防ぐためにか」
「そう」
「………………………………………………………………賢明な判断だ」
家永の返答に間があったのは気になったが、分かってもらえて知己はほっとした。
「おぅい、先生達!」
ノックと同時に門脇がドアを開けた。
「昼飯できたぞー! なんだ? 二人共。変な顔をして」
門脇が昼食に呼びにきた。
「「……お前の所為だ」」
高校時代の教師と大学の現教官から同時に言われ、
「俺、まだ何もしてねーよ」
と冷汗流しながら答える門脇だった。
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