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(知己先生、嬉しそうだな。しかし、礼ちゃんって人は、12年もの付き合いのある家永先生も知らない人か……。後で知己先生に直接聞いてみようかな)
そんなことをしたら聞き耳立てていたことがバレるが、それよりも知りたい。
(まあ、あの知己先生が素直に教えてくれるとは思えないけど)
「うん、俺は元気だよ。そう、礼ちゃんも元気で良かった。それで、今度はいつ日本に来るの? え? しばらく来ない?」
知己があからさまに凹んでいる。
(ふーん。先生をこれほど一喜一憂させるとは……ますます気になるな)
「あ、そ、そう。そうだよな。今回、将之が直接会いに行っているし、日本に来る必要が……。え? 違う? 白い粉を大量に手に入れられたからしばらく行く必要なんかないって……ひ、酷い……それだけが日本に来る目的なのか」
(……なんか、危ない話をしてないか?)
門脇は心配になった。
「はは、そうか。冗談だったのか。え? 違う。冗談じゃない? どっちだよ」
(そして、……見事なまでに翻弄されている)
「ん? 日本に行けないのは、冗談じゃなく本当なんだね。そうだよね。礼ちゃんも博士課程の勉強が始まったばかりだし、忙しいよな。無理言っちゃったみたいでごめん」
(あ、なんか……)
知己のすまなさそうな顔を見ると、なぜか見ている門脇の胸がチクリと痛んだ。
(人のこと言えねえな。あんな顔されたら、俺もちっとも諦めきれねえ)
データを取りながら、ふと家永が
「門脇……」
と声をかけた。
「一つ確認したいんだが。
平野は『卿子さん』ではなく、『礼ちゃん』と言ったんだな」
「そうだよ。んで、誰? 『卿子さん』って」
「いや、いい」
(相変わらず、そちらは発展はしてないんだな)
地道にデータを取り終わった家永は実験機に戻す作業に移っていた。
淡々と機械のように行う家永からは、感情が読み取れない。
家永から情報を引き出せないと判断すると門脇は
「ま、いっか。俺は覗きに戻る」
と一切悪びれることなく赤裸々に宣言した。
「もう、やめとけ」
と家永から背中越しに言われたが、
「やだよ。今、いいとこなのに」
門脇は小声で言い返した。
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