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「先生、似合うと思うよ。そんなポパイのオリーブみたいな水着よりは」
「いや。門脇の感性が理解できない」
二人の隣で菊池が
「海にビキニのお姉ちゃん、いないかなー」
と浮き輪を手に通し、肩に担ぐようにして言った。
「こんな夜に居るか」
至極真っ当な門脇のツッコミが返ってきた。
夜とは言え、やっと気温は30度を切ったくらい。
熱風が吹く中、大学の施設から坂道を10分歩いて門脇達は、念願の海にやってきた。
ひいては寄せる波の音が爽やかだ。
都会の灯りは遠く、その分、星が輝いている。
だが、どう見てもお姉ちゃんなど居ない。
というか、誰も居ない。
「……残念だったな、菊池」
知己が慰めながら、堤防の先の砂浜に足を踏み入れた。
菊池は
「そうですね。でも、夜もロマンチックでいいです。黒い空、黒い海……」
と強気な発言をした。
だけど、どう聞いてもロマンチックではない。
(菊池に詩の才能、ないな)
と知己は思った。
「きっと近藤ちゃんもこの海を見ているに違いない」
ぴろりん♪とタイミングよく着信音がなって、門脇が斜め掛けのボディバッグから携帯を取り出した。
「……近藤は今、夏祭りで花火を見ているそうだ」
「くぅっ……!」
菊池は一瞬黙ったがそれでもめげずに
「あ、あまりの暗さに水平線が溶けているようだ。あそこが空と水平線が交わる所」
「いや、水平線分かるけど」
月の反射で水平線ははっきりと分かった。
「そこまで暗くないし。お前、頭悪いけど目まで悪くなったか?」
門脇がズケズケと遠慮なく言う。
むしろさっきからこそばゆいこと言う菊池のポエムスイッチを切りたいようだ。
「これだから理数系は……センスの問題だろ、こういうのって。見たままじゃなく心で感じなくっちゃ」
そういうと菊池はパーカーを脱ぎ、浮き輪を抱えて、
「ひゃっはー!」
と海にじゃぶじゃぶと入っていった。
「……だって」
「なあ」
ポエマー菊池について行けない二人は顔を見合わせた。
ここまで来たら後は泳ぐだけだ。
「門脇達も早く来いよー! 気持ちいいぜー!」
膝まで海に浸かって、菊池が門脇に手を振る。
門脇もパーカーを脱ぎ、バッグと共に菊池のパーカーの傍に置いた。海に足を入れると、確かに気持ちいい。
知己もそれに続いた。
「……先生。脱がんのか?」
「これは着たまま泳ぐものなんだ」
「知ってる」
「じゃあ、聞くな」
門脇達につられて脱がないかとほんの少しだけ期待していたが、無駄だった。
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