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実験室に近い施設の裏口が開いた音が聞こえた。
「え? お前ら……?」
初めての門脇や菊池は知らない所だ。学生時代から使っている知己が教えたのだろう。裏口には海から戻ってきた者用の足洗い場や簡易シャワーがある。
そこからざっとぱっと砂を洗い流した知己達が現れた。
「何だ? せっかく海に行ったのにタッチアンドゴーで帰ってきたのか?」
家永が驚いて聞くと
「タッチアンドゴーじゃねえ。10分くらいは海にいた」
門脇が言い返すように答えた。
「それでもまだ時間あったろうに。なんでそんなに慌てて帰ってきたんだ」
と時計を見る。20時を少し回ったくらいだった。
「……菊池だ」
忌々し気に門脇が菊池を見る。
よく見ると、門脇と知己の二人に抱えられるようにして菊池が佇んでいた。
「菊池が浮き輪をちゃんと持ってたら良かったのに、浅瀬ではしゃいで浮かべてた足元の浮き輪に引っかかってすっ転んだんだ」
門脇のマシンガンディスってデスる攻撃はやまない。
「30㎝くらいの浅瀬なのに、『溺れる!』だの『死ぬ!』だの大騒ぎしやがって。手をついたら起き上がれるくらいの浅瀬なのに。すぐに助け起こしたのに、『もう暗い海には入らないー』といい大人が泣きべそかきやがって。俺と先生は膝までしか入れてないんだぞ」
「そっか。河童の知ちゃんは泳ぐことができなかったのか」
家永が知己に言うと
「やめろ、それ」
と知己がわずかに顔を赤らめた。
「何、それ」
門脇が聞き逃さずに尋ねると、知己は答えたくないようでそっぽ向いた。
それで家永が代わりに答えた。
「お爺ちゃんだっけ? 小学生の時に平野があまりに泳ぎがうまいもんだから『知ちゃんの前世は、河童だな』と言われ『河童の知ちゃん』と呼ばれていたんだと」
「先生、そんなに泳ぎがうまいのか」
「遠泳で5km泳げたらしい」
「それは前世河童だな」
と門脇が心底褒めたのが、知己は
「褒めてない」
とツッコんだ。
「所で菊池君は大丈夫か?」
「とりま、風呂入りたいです。潮水でベタベタ」
「それはお前を引っ張り上げた俺達も同じだっつーの」
門脇の怒りはまだ収まっていないようだ。
「まあ、まあ。テンパったら5センチでも溺れるというからな」
家永が門脇を宥めると、菊池もそうだそうだと元気に言い返した。
(こんだけ元気なら、大丈夫だろう)
と家永は内心ほっとしていた。
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