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「ま、いいや。それよりも帰ったんなら、アレを出せ。楽しみにしてたんだ」
このメンバーで唯一の文系・菊池のことは、
(理解できん)
と放置決定され、家永は知己に手を出して催促をした。
「ん? アレ……とは?」
キョトンとしている知己に
「おい、知己先生。家永先生に言われたからって、春先の変質者じゃあるまいし、そんなモノ簡単に出しちゃダメだ。もっと自分を大切にするんだ」
と門脇が制す。
「いや、ソレじゃない。……というか、門脇君は何か勘違いしていないか?」
「だって、知己先生のアレだろ?」
「こんな場でそんなモノ出したら、大変だ」
「じゃあ、どこならいいんだ?」
なぜか火花散らせる門脇と家永に
「だから、ドレだよ?」
と知己だけが分かっていなかった。
熟年夫婦も驚きのこそあど言葉のオンパレードに、痺れを切らしたのは家永の方だった。
「フルーツ買ってきてくれって頼んだだろう?」
「……あ!」
知己が固まり
「忘れてた……」
門脇が呟いた。
「お前ら……、お使いもできんのか」
目頭押さえ、家永が溜息交じりで言う。
さっき菓子を我慢して、すっかりフルーツ脳になっていただけにこの落胆は大きい。
「……菊池の所為だ」
じろりと菊池を睨んで、門脇が言う。
「え? 俺?」
ざっとぱっと外のシャワーで洗い流した体の水分を拭き、まさに風呂に向かわんとしていた菊池が立ち止まった。
「菊池が溺れた所為だ。ここに急いで帰ったおかげで、家永先生のお使いのことが飛んじまった」
そう言われたら、菊池も言い返せないが、門脇が睨んでいる。
下手なこと言ったら火に油。しかし、このままスルーして風呂に入ったら、後で酷い目に遭わされそうだ。
菊池は必死に
「え……う……。『南風吹かば 早く起こせよ 二人とも 菊池なしとて 果物忘れそ』」
適当なことを言って、この場を凌ごうとした。
「……さすが文系だな」
なんとなく誤魔化した菊池を、家永が心を込めずに褒めた。
「元は菅公(※)だな」
門脇は適当にいなした。
「菊池、すごいな。今日はずーっとポエマーだ。最後は和歌かよ」
知己が一人が意味が分からないながらも妙に感心していたので、見かねた門脇が
「字余りが過ぎるけどな」
と突っ込んだ。
(※)菅公・・・菅原道真のこと。元の和歌は「東風吹かば にほいおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」なんですが、菊池が詠むとただの愚痴になりました。
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