慶秀大学海浜研究所 5

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「ま、いいや。それよりも帰ったんなら、アレを出せ。楽しみにしてたんだ」  このメンバーで唯一の文系・菊池のことは、 (理解できん)  と放置決定され、家永は知己に手を出して催促をした。 「ん? アレ……とは?」  キョトンとしている知己に 「おい、知己先生。家永先生に言われたからって、春先の変質者じゃあるまいし、そんなモノ簡単に出しちゃダメだ。もっと自分を大切にするんだ」  と門脇が制す。 「いや、ソレじゃない。……というか、門脇君は何か勘違いしていないか?」 「だって、知己先生のアレだろ?」 「こんな場でそんなモノ出したら、大変だ」 「じゃあ、どこならいいんだ?」  なぜか火花散らせる門脇と家永に 「だから、ドレだよ?」  と知己だけが分かっていなかった。  熟年夫婦も驚きのこそあど言葉のオンパレードに、痺れを切らしたのは家永の方だった。 「フルーツ買ってきてくれって頼んだだろう?」 「……あ!」  知己が固まり 「忘れてた……」  門脇が呟いた。 「お前ら……、お使いもできんのか」  目頭押さえ、家永が溜息交じりで言う。  さっき菓子を我慢して、すっかりフルーツ脳になっていただけにこの落胆は大きい。 「……菊池の所為だ」  じろりと菊池を睨んで、門脇が言う。 「え? 俺?」  ざっとぱっと外のシャワーで洗い流した体の水分を拭き、まさに風呂に向かわんとしていた菊池が立ち止まった。 「菊池が溺れた所為だ。ここに急いで帰ったおかげで、家永先生のお使いのことが飛んじまった」  そう言われたら、菊池も言い返せないが、門脇が睨んでいる。  下手なこと言ったら火に油。しかし、このままスルーして風呂に入ったら、後で酷い目に遭わされそうだ。  菊池は必死に 「え……う……。『南風吹かば 早く起こせよ 二人とも 菊池なしとて 果物忘れそ』」  適当なことを言って、この場を凌ごうとした。 「……さすが文系だな」  なんとなく誤魔化した菊池を、家永が心を込めずに褒めた。 「元は菅公(かんこう)(※)だな」  門脇は適当にいなした。 「菊池、すごいな。今日はずーっとポエマーだ。最後は和歌かよ」  知己が一人が意味が分からないながらも妙に感心していたので、見かねた門脇が 「字余りが過ぎるけどな」  と突っ込んだ。 (※)菅公・・・菅原道真のこと。元の和歌は「東風吹かば にほいおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」なんですが、菊池が詠むとただの愚痴になりました。
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