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慶秀大学海浜研究所 7
朝食を終えて、やっと念願の海に来ることができた。
そこで行われた門脇の水泳指導は、スパルタだった。
浜辺に着くなり、菊池の持っている浮き輪を強引に取り上げて、
「そーら、とって来ーい!」
と波打ち際に放り投げた。
菊池をフリスビー犬扱いにしている。
「門脇、酷いな」
すかさず知己が言うと
「はあ? こういうのは荒療治に限るだろ?」
門脇が言い返す。
そう言っている間に波打ち際で浮き輪を拾ってきた菊池の浮き輪を、またふんだくってはさっきよりも遠くに投げた。
門脇は荒療治だと言っていたが、少しは考えているようだ。波打ち際から少しずつ遠くへ投げる距離を伸ばしている。
「忍者が木の苗を毎日飛び越し、やがては大木を飛び越せる跳躍力を身に着ける要領だ」
どうやら、荒療治の裏付けに理論まであったようだ。
「とは、言ってもなぁ……」
家永に「保護者」認定された手前、門脇の荒療治というか暴挙というか、これを見過ごしていいのか、悩む。
リアルジャイアンの言うがままに、健気に浮き輪を拾っては戻ってくる菊池に
(……そんなに近藤と海デートしたいのか)
と意気込みを感じないわけでもない。
「菊池。いいのか?」
やや呆れ気味に聞いたら、菊池は
「我、泣きぬれて蟹と戯れたーい!」
と良いのか悪いのか、よく分からない返事だった。
いまだに海を見るとポエマーになるのだろう。
(……菊池がいいのなら、いいか)
知己は二人をほったらかすことに決めた。
「せっかく海に来たから、俺は泳いでくる」
と二人に言った。
「河童の知ちゃん、降臨……だな」
と門脇が了承した。
「……ソレ、やめろ」
(爺ちゃんのあだ名で揶揄いやがって)
知己が怪訝な顔をすると
「冗談じゃねーか。そんなに怒るなよ、先生。
適当に泳いできなよ。俺は、その間、もうちょっと菊池を鍛える」
と、またもや浮き輪を放り投げた。
門脇の荒療治理論はある意味合っているらしく、あれほど怯えていた菊池がもう腰まで浸かっている。昼間の海は、宇宙ではないらしい。
「海はよー、海はよー、でっかい海はよー♪」
余裕で歌まで歌っている。
ほっといても良さそうだ。
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