242人が本棚に入れています
本棚に追加
/778ページ
「……せ……ーぇ……!」
遠くで声がする。
しかも、なんだか菊池の声のように聞こえる。
だがよく考えてみたら、こんな所で菊池の声が聞こえるはずもない。
遥か先の浜で、フリスビー犬だか忍者だかよく分からない状態で門脇にしごかれているはずだ。
(気のせいか?)
とも思ったが、なんだかとても気になって知己はそこで留まった。水球の立ち泳ぎ状態で、辺りを見回す。
「せーん……せー……!」
やはり、菊池の声だ。
知己の今の位置は、浜と遊泳限界を表すブイの真ん中くらいだ。
行きでは居なかった先ほどの大きな岩の上に、菊池と門脇が居た。
そこから両手をぶんぶん振り回して、菊池が知己を呼んでいた。
(……なんか変だ)
岩場で寝そべっている門脇が、ぴくりとも動かない。
菊池も、はしゃいで手を振っている訳でもなさそうだ。
「早くっ……、こっちー……!」
来てほしいのだろう。
必死な様子がうかがえる。
知己は岩を目指して泳ぎ出した。
岩に手をかけて海からザッと勢いよく上がると同時に
「どうした? 門脇は大丈夫か?」
と立て続けに質問をした。
菊池が狼狽えているのか、震える唇で答えつつ門脇を指さす。
「俺、浮き輪付けてだいぶ泳げるようになったんで、門脇が『先生、追っかけようぜ』って言って。この近くまで泳いで来たんだけどど、門脇が、急にっ……その、なんか知らんけど動かなくなって。急いで、この岩まで引き上げたんだけど……っ」
菊池の話を聞きながら、知己は門脇の方を向いた。
クラゲに刺されたか、岩に体をぶつけたかと危ぶんで体を見たが、どこにもそれらしき痕はなかった。
「動かなくなったって?」
再度菊池に尋ねると
「そ、そう……」
悪友兼親友の門脇の異常事態で動揺しているのか。なんだか菊池にしては、オドオドとした物言いだ。
「頼む! 早く、人工呼吸してあげてくれぇ!」
事態は一刻を争う。真っ赤になった菊池に言われ、知己が
「分かった!」
と迷わず、がばっと門脇に覆いかぶさった。
最初のコメントを投稿しよう!