慶秀大学海浜研究所 7

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 これまでの人生で人工呼吸などしたことなかったが、幸い、東陽高校時代に生徒会が企画した夏休み前の安全研修で心肺蘇生法は習った。救急隊員を講師に呼んだ本格的なものだった。  だから、なんとかなるだろう。  それに、きっと、何もしないよりはマシだ。  こんな事態だが、思ったよりも冷静に知己は動けていた。  数年前の救急隊員の言葉が頭の中で蘇る。 (まず、空気が漏れないよう鼻を摘まむと言ってたな)  そっと右手で門脇の顎から頬の辺りを包むように固定し、左手で門脇の鼻を摘まんだ。 (次は、確か気道確保で口を開かせるんだったな)  顔を上に向けさせて門脇の真一文字に結ばれた口を開かせようとしたが、そうする前に (……何か変だ)  と思った。  具体的に何が変とは分からないが、とにかく、さっきから妙な違和感がある。 (……浮き輪を付けているとはいえ、つい数分前までろくに泳げなかった菊池が、門脇をここまで連れて引き上げた? そんなことできるのか?)  章達が悪意と敬意をもってつけたあだ名「伝説のケンカ番長」の門脇は、小柄だがかなりの筋肉質だ。火事場の馬鹿力を発揮したとして、浮き輪を付けた菊池がそう簡単に引き上げられるのか。  それにさっき体を確認したが、 (溺れた? 動かなくなった? ……にしては、門脇の血色がいいような)  ついでにいうと、知己が頬に触れた時に指先がぴくっとわずかだが動いた気がする。 (……)  知己が背中に妙な視線を感じて後ろを振り返ると、赤くなった菊池が手のひらで顔を覆いつつも指の間はしっかり開いて、こちらをガン見状態だった。   お約束の昭和の覗きポーズに 「……菊池?」  と名前を呼んだら 「あ、いや、これはその……は、早く、人工呼吸してあげてぇっ!」  ろくな答えは返ってこずに、なんとかの一つ覚え的なことしかしない。 「お前がやれば?」  そうだ。  なにも知己が来るのを待たずに、菊池がすればいい話だ。  それなのに、わざわざこんなことを言うのは……。  事態は一刻を争ってなどいないのだ。  そう結論した知己は 「そもそも人工呼吸ってのは、……………………………………………………」  と、言いかけて止まった。  いや、止めた。 「?」  菊池が意味が分からずに固唾を飲んで見守る。 「……」  やがて知己が待っていた時が来た。
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