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「…………ー………………、……っ、早くキスしろやぁ!」
鼻を摘ままれて、およそ2分。
呼吸できなくてとうとう我慢できなくなった門脇が、がばっと飛び起きた。
新鮮な空気を求めて、はあはあと大きく肩で息をする。
「あ……」
姑息な作戦失敗を理解して青ざめる菊池に
「……そもそも人工呼吸ってのは、呼吸できている人間にはしない」
知己が溜めに溜めた先ほどの続きを言った。
「門脇っ!」
知己が抗議のつもりで怒鳴りつけると
「なぁにぃー!?」
逆ギレで門脇が言い返す。
伝説のケンカ番長のキレ気味の応答にも知己は、更に厳しく問いただした。
「なんで、こんなことを!?」
往年のかつての門脇係は怯まずに抗議を続けた。
大方先日の夜、海で溺れかけた菊池を見て思いついたのだろう。だが、その菊池さえも巻き込んでの一芝居。
たちが悪いにもほどがある。
「だって、さ。海だぞ。夏だぞ。高校生ん時にはできなかった先生と憧れの夏休みを過ごしているんだぞ。
だのに、毎日、実験実験実験実験実験実験実験実験……」
「その文句は、家永に言え」
「言っていいのかよ?」
「……やっぱり、やめておけ」
どうせ家永に言っても効果はない。無駄だ。
それに家永も門脇の気持ちを分かっているから、知己と一緒に海に行ってこいと言ったのだ。
「先生の風呂を覗こうとすると家永先生に用事言いつけられるし、実験室のソファで仮眠している先生の隣で俺も寝ようとすると『二人は無理だから部屋で寝ろ』って言われるし、先生の使ったコップで間違えたふりして水を飲もうとしたら菊池が下げて洗っちまうし」
門脇の口からは、ギリギリアウトな犯罪臭漂うこれまでの愚行を、怒りに任せて滔々と垂れ流されるのだった。
これにはさすがに門脇に慣れている知己も
(……怖っ)
と大潮並みに引いていたが、門脇は一切悪びれていない。むしろ、自分の不遇を嘆いている。
「せっかく先生と海に来たんだ。ロマンティックな海辺のキスとか、おいしい思いの一つもしたいっていうのが、人間ってもんじゃねーか?!」
門脇が「人間だも〇」的に詩的に主張した。
が、元祖ポエマー菊池が
「その前の欲望全開暴露がなければ、もうちょっと説得力があったのに。惜しいなぁ、門脇……」
と憐れんだ。
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