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それを皮切りに
「うっさいな、三文役者!」
「ひでぇ! 俺は一生懸命やった!」
「はあ? なんだよ、『なんか知らんけど動かなくなった』って。俺は、電池の切れた玩具かよ?」
「それ、門脇の考えたシナリオがざっくりし過ぎなだけだろ?
『先生を追いかけて泳いでたら、溺れた。そう言ったら先生が感じなくていい責任を感じて、必ず人工呼吸してくれる!』
とか言って。溺れた細かい理由の打ち合わせはしなかったじゃないか」
元気にぎゃんぎゃんと二人が言い合う。
「責任を感じさせて人工呼吸……の、どこがロマンチックな海辺のキスなんだ?」
知己が呆れて言ったが、門脇はまだ菊池への不満が収まらない。
「菊池は、コンビニの入口センサーかよ。棒読みの『いらっしゃいませ』みたいに何度も『早く人工呼吸をっ』って同じこと言えば、さすがに鈍い先生でも気付くじゃねーか、この大根役者!」
これだけ門脇に罵られたら大抵の人間はへこむのだが、こちらも小学校からの付き合いで免疫がある菊池だ。
「俺はポエマーだが、アクターではない」
と韻を踏みながら言い返した。
「クソ下手な演技の上に、ちゃっかり覗きまでしやがって」
「いや、覗きじゃない。そんなつもりは微塵もない」
「じゃあ、どんなつもりであんなポーズしてんだよ。気付いた俺は笑い堪えるの大変だったんだからな!」
「だってさ、男同士じゃん。キスとか本当にできるのかなーって。どんな風になるのかなーって、興味はあるじゃん」
と菊池は言うが、するのはあくまで人工呼吸。そこで見られるのは保健の教科書的な絵面でしかない。
(間違いなくその行為を『覗き』というのだが……)
確かにそれが決定打になって、知己はこれが芝居だと見抜いたわけだが、二人に呆れ果てて、もはやツッコむ気力もなかった。
「あー……そろそろ帰る時間じゃないか? 帰ろう」
家永との約束の一時間には少し早い気もしたが、知己は今回の保護者として、やっとそれだけ言うのだった。
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