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「で、なんで俺は病院に居る訳?」
未だによく分からない様子の知己に
「そこはやっぱ覚えてないんだ」
と心配そうに門脇が言った。
「お前、溺れたんだよ」
と、家永。さらりと衝撃的なことを言う。
「え……?」
そう言えば、なんだか頭が重い。ついでに、ガンガンと耳鳴りもしてきた。
「俺の頭の中に『三度目の正直』って言葉が過った。後、『河童の川流れ』も」
菊池が諺で言ってみたが、誰も聞いていなかった。
「多分、足がつったんじゃないかな?」
と家永が言った。
「菊池のミネラル分少ない飯が原因だ」
と門脇が言うと
「はあ? 門脇のハニトラの所為だろ?」
菊池の応酬。
(なんだろう。人が溺れたっていうのにこの陽気さは……)
と知己が思っていると、家永が
「はしゃいですまんな。こいつら、お前が目覚めるまでは葬式みたいに静かだったんだ」
とても洒落にならないことを言った。
どうやらこの陽気さは、知己が目覚めたことを喜んでのことらしい。
「その……、もうちょっと詳しく教えてくれると助かるんだけど」
と知己が「解せぬ」と顔を顰めていると、
「そこは冷静に見ていた者が適材だろう。菊池君、頼む」
家永が指名した。
そこで菊池がニヤリと笑うと「ここは文系の俺にお任せを」とばかりに、ずいっと前に出てきた。
「つまりですね、門脇が姑息なハニトラを仕掛けたけど見破られて、腹いせに投げた俺の大切な浮き輪を先生が取りに行ってくれて。で、泳いでいた先生が、しばらくしたら水面に全然上がってこなくなって。先生の異変に気付いた門脇が慌てて飛び込んで助けたんですね」
キリッキリッと時々かっこつけて喋った割には、あまり説明が上手くない。
(優・良・可……でいうと『可』だな)
と家永は密かに思った。
「浜に上がった先生は最初息していなかったんだって。門脇念願の人工呼吸は最悪の形で行われて、先生は蘇生したんだって」
かなり下手くそに教えてくれたが、内容はなかなかに重たい。
「ん? 途中から伝聞形なのは?」
家永が聞くと、
「俺はその時無残にも大岩に取り残されていたので。人工呼吸の辺りは、後から門脇に聞いたんです」
と菊池が私情を交えて話をする。
「門脇が先生を助けて浜に上がった所で駆け付けたライフガードさんに、俺を助けるよう指示してくれたから、俺は戻ってくることができました。門脇はライフガードさんにも誰にも先生を触らせたくなかったみたいで」
最後はかなり悪い笑顔になっていた。
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