慶秀大学海浜研究所 8

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「で、なんで俺は病院に居る訳?」  未だによく分からない様子の知己に 「そこはやっぱ覚えてないんだ」  と心配そうに門脇が言った。 「お前、溺れたんだよ」  と、家永。さらりと衝撃的なことを言う。 「え……?」  そう言えば、なんだか頭が重い。ついでに、ガンガンと耳鳴りもしてきた。 「俺の頭の中に『三度目の正直』って言葉が過った。後、『河童の川流れ』も」  菊池が諺で言ってみたが、誰も聞いていなかった。 「多分、足がつったんじゃないかな?」  と家永が言った。 「菊池のミネラル分少ない(めし)が原因だ」  と門脇が言うと 「はあ? 門脇のハニトラ(ハニートラップ)の所為だろ?」  菊池の応酬。 (なんだろう。人が溺れたっていうのにこの陽気さは……)  と知己が思っていると、家永が 「はしゃいですまんな。こいつら、お前が目覚めるまでは葬式みたいに静かだったんだ」  とても洒落にならないことを言った。  どうやらこの陽気さは、知己が目覚めたことを喜んでのことらしい。 「その……、もうちょっと詳しく教えてくれると助かるんだけど」   と知己が「解せぬ」と顔を顰めていると、 「そこは冷静に見ていた者が適材だろう。菊池君、頼む」  家永が指名した。  そこで菊池がニヤリと笑うと「ここは文系の俺にお任せを」とばかりに、ずいっと前に出てきた。 「つまりですね、門脇が姑息なハニトラを仕掛けたけど見破られて、腹いせに投げた俺の大切な浮き輪を先生が取りに行ってくれて。で、泳いでいた先生が、しばらくしたら水面に全然上がってこなくなって。先生の異変に気付いた門脇が慌てて飛び込んで助けたんですね」  キリッキリッと時々かっこつけて喋った割には、あまり説明が上手くない。 (優・良・可……でいうと『可』だな)  と家永は密かに思った。 「浜に上がった先生は最初息していなかったんだって。門脇念願の人工呼吸は最悪の形で行われて、先生は蘇生したんだって」  かなり下手くそに教えてくれたが、内容はなかなかに重たい。 「ん? 途中から伝聞形なのは?」  家永が聞くと、 「俺はその時無残にも大岩に取り残されていたので。人工呼吸の辺りは、後から門脇に聞いたんです」  と菊池が私情を交えて話をする。 「門脇が先生を助けて浜に上がった所で駆け付けたライフガードさんに、俺を助けるよう指示してくれたから、俺は戻ってくることができました。門脇はライフガードさんにも誰にも先生を触らせたくなかったみたいで」  最後はかなり悪い笑顔になっていた。
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