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「……おい、門脇君。いい加減にしろ」
たまりかねて家永が咎めたが、それに被せて知己が
「初めてだー!」
と布団から跳ね起きた。
「この年で初めてで悪かったなー!」
自棄になっているが、
(……いや、そんな訳ないだろう)
と家永は思った。
残念ながら家永は、知己が女性の二倍の数の男性としていることを把握している。
(あんまり考えたくないが、あの偏屈坊ちゃんには数えきれないくらいされているだろうし。それともそれ以外の男とのことは、なかったことにしたいのか?)
と邪推したが、こんなことで知己が嘘を吐く理由がない。
家永や門脇はともかく、菊池は「うわぁ」とかなり引いている様子だったが、知己は構わずに続けた。
「じ、人工呼吸はいい。いいっというか仕方ない。だけど、キスは……キスは……う、人生初のキスが男だなんてー!」
またもや知己が怒り狂い、今度は正拳を繰り出した。
「危ない! 門脇君、逃げろ!」
家永は急いで知己を取り押さえようと腹に腕を回してタックルを試みたが、遅かった。
どぅっと門脇の鳩尾に体重の乗った一発が入った。
「……」
しかし、門脇は動じない。菊池の方が
「ひー……」
と震え上がった声を上げた。
こんな粗暴な知己、見たことがない。
「来ると分かってるもんなら構えときゃいいんだ。そう痛くはねえよ」
門脇は腹筋に力を入れ、知己の拳を凌いだ。
「いや、それでも今のは結構な音がしたって。門脇が、異常に丈夫で良かっただけの話だろ?」
と菊池が言った。
「それよか、ほらな。やっぱり変だ。先生が男とのキスでこんなに動揺するなんて」
と冷静に判断を下していた。
ふーふーと荒い息を吐いていた知己が
「一体なんなんだ、こいつら。家永の友達か?」
怒りのオーラはそのままに、腹に抱きついている家永を見下ろしながら尋ねた。
「……どういう意味だ?」
「初対面の俺に言いたい放題。失礼にもほどがある。なんだよ、男とキスって。しつこいな」
後半、ちょっと泣きそうになっている。
よほど門脇のキスで起こされたのが、ショックだったようだ。
「家永、友達は選べよ!」
うるっとした声で、それでも強気に言う知己に
「初対面? 友達?」
家永は戸惑いを隠せない。
「それに、さっきから『先生』って一体、誰のことだよ?」
「いや、お前のことだろ?」
「え? 俺、先生なの?」
「違うのか?」
「そりゃ、教員免許は取るつもりだけど……?」
会話が、かみ合わない。
「もしかして平野……、記憶が飛んでるのか?」
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