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「記憶はよくタンスの引き出しに例えられるが……」
家永が講釈垂れている横で、
「門脇、タンスって分かる?」
「分かる。馬鹿にするな」
かつての全国4位男を馬鹿にする菊池の度胸に恐れ入る。
「だって、お前んち、ウォークインクローゼットしかなかったじゃん」
「ばあちゃんちで見た。嫁入り道具の桐の箪笥とやらに、着物がいっぱい入ってたのを自慢された」
何故か今度は門脇の祖母の着物自慢話になった。
「……まあ、いい。それをイメージしてくれ。
記憶タンスの引き出しがスムーズに開くと中身の記憶は取り出しやすいよな。だけど、ある時それが何らかの原因でどこかがひっかかってうまく開かなくなる。今回のケースで言うと、平野は一回死んだことで記憶の引き出しが上手く開かなくなっているんだ」
「でも、家永先生のことは分かるぜ」
「お泊り実験のことも分かってたぞ」
「確かにお泊り実験のことだけは分かるし、海浜研究所の話の部分は合うからな。学生の頃にお泊り実験に何度も来たことがあるその過去の記憶で話をしているんじゃないか?」
「ぶっちゃけ、最近のことが分からないってことか?」
質問する門脇に
「いや、最近じゃないな。教師になったことも、門脇君達のことも分からないんだから」
と家永が答えた。
「じゃあ、先生の頭の中は……」
「すっぽり10年分の引き出しが開かなくなっているのかも。10年くらい前の……学生時代の記憶だけ残っていると思うんだが。
よし、ちょっと試してみよう」
そういうと、さっきから三人の会合に参加できずに
「おい、お前ら。俺をのけ者にするな。チクショウ。なんだ? 仲良しか?」
とブツブツ言う知己に家永が向き直った。
「平野。門脇君のことは初対面って言ったな?」
「う……ん。初めて会う……よな? だのに、迷惑かけてすみません……」
「……」
門脇が複雑そうな顔をする。
「じゃあ、中位将之って聞いたことあるか?」
「それ……!」
門脇が身じろぎした。
「誰、それ。俺は知らないヤツだな」
即答する知己に
「……いや、知らないのならいい」
と家永は言った。
「やっぱり10年くらいの記憶が飛んでるみたいだな」
門脇がぼそぼそと言う横で、なぜか家永が
「じゃあ、俺のことは分かるか?」
と質問した。
「そりゃ分かるよ。家永だろ? 家永晃一」
「……」
「……なんでニヤけてんの? 家永先生」
「自分だけ分かってもらえるのが嬉しいんだろ? ……ちっ」
門脇が舌打ちした。
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