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(納得……したみたいだな)
とは言え、門脇のことだ。
自分のことを思い出してもらえないのを、かなり不満に思っている。
可能性は限りなく低くなったが、研究所に連れて帰って、家永の見ていない所で殴らないとも限らない。
「とりあえず、起きたら帰っていいとドクターに言われてたけど退院を伸ばしてもらおう。平野はここでゆっくり休んで、記憶を取り戻せ」
「お、おぅ」
掛布団の内側で、知己が返事をする。
顔色がよくない。
門脇に殴られるのを恐れて……というわけでもなさそうだ。
「どうした? 具合、悪いのか?」
「ちょっと頭痛するだけ」
「……」
(やはり、あまり負荷をかけないようにした方がいいな)
「とりあえず俺達は帰ろう。平野はここで安心して休め」
「う、うん……」
戸惑いつつも知己はもぞもぞと布団の中に潜り込んだ。
三人は
「じゃあ、研究所に戻ろうか」
と帰りかけた時だ。
「……家永」
知己の声が聞こえた。
振り返ると布団に入った筈の知己が、上半身を起こしてこちらをじぃっと見つめている。
「あ、あのさ。実験で立て込んでいる所悪いけど、その……俺、知ってる人お前しかいないし、それで、その……」
突然、溺れただの死んだだの記憶喪失だのと度重なる衝撃の事実に、さすがに知己も気落ちしているのだろう。
はっきりとは言わないが、落ち着かない様子で何度も指を組み替える。
(何年付き合っていると思ってんだよ)
それが分からない家永ではない。
(施設からも近いし、な)
「時間を見つけて、ちょくちょく見舞いに来る」
と言うと、知己の顔がぱあっと明るくなった。
それで門脇が
「俺も」
と付け加えたら
「え? 君も?」
あからさまに知己が嫌そうにした。
「ちっ!」
門脇が舌打ちをすると
「いや、さっき殴りかかったくせに。自業自得だろ?」
と菊池が言い
「さすがは諺君だな」
家永がぼそりと褒めた。
病室を出て、事情を話して入院手続きをする。
「なんか、視線痛くね?」
「さんざん病室で騒いだからな。仕方ない」
ナースステーションは、昼食の準備に忙しそうだった。それがなければ、確実に注意されていた所だ。
(平野、めちゃくちゃ不安そうだったな。昼食後の実験終わったら、また見に来よう。何か思い出しているといいのだが)
家永がそう考えていると、門脇が
「問題は、二一丸丸の定時連絡だな」
と言った。
「……正直に言うしかないだろう?」
「グチグチと怒り狂うだろうな、オッサン」
うんざりとして、二人はため息をついた。
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