慶秀大学海浜研究所 8

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(納得……したみたいだな)  とは言え、門脇のことだ。  自分のことを思い出してもらえないのを、かなり不満に思っている。  可能性は限りなく低くなったが、研究所に連れて帰って、家永の見ていない所で殴らないとも限らない。 「とりあえず、起きたら帰っていいとドクターに言われてたけど退院を伸ばしてもらおう。平野はここでゆっくり休んで、記憶を取り戻せ」 「お、おぅ」  掛布団の内側で、知己が返事をする。  顔色がよくない。  門脇に殴られるのを恐れて……というわけでもなさそうだ。 「どうした? 具合、悪いのか?」 「ちょっと頭痛するだけ」 「……」 (やはり、あまり負荷をかけないようにした方がいいな) 「とりあえず俺達は帰ろう。平野はここで安心して休め」 「う、うん……」  戸惑いつつも知己はもぞもぞと布団の中に潜り込んだ。  三人は 「じゃあ、研究所に戻ろうか」  と帰りかけた時だ。 「……家永」  知己の声が聞こえた。  振り返ると布団に入った筈の知己が、上半身を起こしてこちらをじぃっと見つめている。 「あ、あのさ。実験で立て込んでいる所悪いけど、その……俺、知ってる人お前しかいないし、それで、その……」  突然、溺れただの死んだだの記憶喪失だのと度重なる衝撃の事実に、さすがに知己も気落ちしているのだろう。  はっきりとは言わないが、落ち着かない様子で何度も指を組み替える。 (何年付き合っていると思ってんだよ)  それが分からない家永ではない。 (施設からも近いし、な) 「時間を見つけて、ちょくちょく見舞いに来る」  と言うと、知己の顔がぱあっと明るくなった。  それで門脇が 「俺も」  と付け加えたら 「え? 君も?」  あからさまに知己が嫌そうにした。 「ちっ!」  門脇が舌打ちをすると 「いや、さっき殴りかかったくせに。だろ?」  と菊池が言い 「さすがは諺君だな」  家永がぼそりと褒めた。  病室を出て、事情を話して入院手続きをする。 「なんか、視線痛くね?」 「さんざん病室で騒いだからな。仕方ない」  ナースステーションは、昼食の準備に忙しそうだった。それがなければ、確実に注意されていた所だ。 (平野、めちゃくちゃ不安そうだったな。昼食後の実験終わったら、また見に来よう。何か思い出しているといいのだが)  家永がそう考えていると、門脇が 「問題は、二一丸丸(21時)の定時連絡だな」  と言った。 「……正直に言うしかないだろう?」 「グチグチと怒り狂うだろうな、オッサン」  うんざりとして、二人はため息をついた。
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