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「……何か思い出したのか?」
ようやくそれだけ言うと、知己は
「やっぱり! そうだったのか」
家永の言葉で確信を強めた。
「そっか。そうだったんだな。……俺は10年後、男同士で……、そっか」
戸惑いは隠せない。
だが、喜びが混じる複雑そうな表情に
(仮説を立てて、実験をし、それを的確に立証できた喜びというか)
家永には、十分理解できる感情だった。
あれから悶々と考えて行きついた知己的にはアリエナイ解答に、正解の○をもらった……そんな晴れやかさが存在する。
菊池が居たら「水を得た魚」と表現したかもしれない。
さっきの不安そうな気配が一変し、知己は
「それでだな」
と続けた。
(まだ、続きがあるのか)
正直、聞きたくない。
こんな思いをまさか二度もするなんて思わなかった。
(ボンボンに浚われた挙句、門脇君にも浚われた……)
さっき知己は涙目になっていたが、泣きたいのはこっちの方だと家永は思った。
「門脇さんとのキスで、そんなこと思い出すなんて。正直、まだ信じられない」
無言で聞く家永は、肯定も否定もしないでただ知己を見つめていた。
「俺、絶対に嫌だったのに……」
「だけど……、キスに違和感ないし、そんな風に触れられるのも嫌じゃない。それどころか、付き合っていたなんて」
「よほど俺は、そいつのことが好きだったんだなぁ」
はっきりとは思い出せていないらしいが、その相手が将之にしろ門脇にしろ、家永にとっては忌々しい。
感情を押し殺してどこか遠くを見つめる家永と、一人ペラペラと喋り続ける知己が改めて目が合った。
「あっ。あの、さ」
赤くなって、それでも家永から視線を外さない知己が居た。
どこかワクワクした瞳で語る。
自分の仮説が正しいと自信をもっている証拠だと家永は思った。
思う端から、心が軋んだ。
「男同士でのキスが当たり前なくらい日常的にしていて、付き合うレベルまでそいつのことが好きで」
さっきから、ずっとだ。
知己の考えをはっきりと肯定してあげたいのに、それをできないでいる自分の態度に嫌気が挿す。
「男なのに……。俺が、そんなすっげー好きになる相手……」
だけど、どうしてもそこまでは割り切れない。
ただ拳を握りしめて爆発しそうな感情を押さえ、知己の言葉を聞くだけに徹する。
「そんな風に思う相手、家永以外居ないと思うんだ」
「…………は?」
知己を通り越して病院の壁だか、窓の外の突き抜ける青空だかを見ていた家永の焦点が、やっと知己を捉えた。
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