慶秀大学海浜研究所 9

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「……何か思い出したのか?」  ようやくそれだけ言うと、知己は 「やっぱり! そうだったのか」  家永の言葉で確信を強めた。 「そっか。そうだったんだな。……俺は10年後、男同士で……、そっか」  戸惑いは隠せない。  だが、喜びが混じる複雑そうな表情に (仮説を立てて、実験をし、それを的確に立証できた喜びというか)  家永には、十分理解できる感情だった。  あれから悶々と考えて行きついた知己的にはアリエナイ解答に、正解の()をもらった……そんな晴れやかさが存在する。  菊池が居たら「水を得た魚」と表現したかもしれない。  さっきの不安そうな気配が一変し、知己は 「それでだな」  と続けた。 (まだ、続きがあるのか)  正直、聞きたくない。  こんな思いをまさか二度もするなんて思わなかった。 (ボンボンに浚われた挙句、門脇君にも浚われた……)  さっき知己は涙目になっていたが、泣きたいのはこっちの方だと家永は思った。 「門脇さんとのキスで、そんなこと思い出すなんて。正直、まだ信じられない」  無言で聞く家永は、肯定も否定もしないでただ知己を見つめていた。 「俺、絶対に嫌だったのに……」 「だけど……、キスに違和感ないし、そんな風に触れられるのも嫌じゃない。それどころか、付き合っていたなんて」 「よほど俺は、そいつのことが好きだったんだなぁ」  はっきりとは思い出せていないらしいが、その相手が将之にしろ門脇にしろ、家永にとっては忌々しい。  感情を押し殺してどこか遠くを見つめる家永と、一人ペラペラと喋り続ける知己が改めて目が合った。 「あっ。あの、さ」  赤くなって、それでも家永から視線を外さない知己が居た。  どこかワクワクした瞳で語る。  自分の仮説が正しいと自信をもっている証拠だと家永は思った。  思う端から、心が軋んだ。 「男同士でのキスが当たり前なくらい日常的にしていて、付き合うレベルまでそいつのことが好きで」  さっきから、ずっとだ。  知己の考えをはっきりと肯定してあげたいのに、それをできないでいる自分の態度に嫌気が挿す。 「男なのに……。俺が、そんなすっげー好きになる相手……」  だけど、どうしてもそこまでは割り切れない。  ただ拳を握りしめて爆発しそうな感情を押さえ、知己の言葉を聞くだけに徹する。 「そんな風に思う相手、家永以外居ないと思うんだ」 「…………は?」  知己を通り越して病院の壁だか、窓の外の突き抜ける青空だかを見ていた家永の焦点が、やっと知己を捉えた。
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