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「お前と付き合っていたんなら、俺が忘れているだけで門脇さんよりも先にお前とシてたってことだよな?」
汗ばむ手で布団を握りしめ、そんなことにやたらと拘る知己だが、それさえも可愛く思えるので始末に負えない。
つい、家永の口元が緩んでしまった。
「あ? なんで、そこで笑うんだ?」
知己は目敏く指摘した。知己は馬鹿にされたと思ったようで、ぷうっと頬を膨らませる。
「お前のことが可愛いと思ったからだ」
家永が正直に答えたら、知己は酒を飲んでもいないのに真っ赤になってベッド脇の家永の襟元をがしっと掴んだ。
「お、おい……?」
家永が驚きの声を上げる。
(油断してた!)
20歳の知己は、今よりよほど行動が粗暴だった。
揶揄われたと勘違いして殴ってくると思った家永は、目を瞑って痛みを覚悟した。
だが、知己はそのまま、ぼふんと今度は家永の鎖骨辺りに顔を埋めた。
(え? 酔ってないのに、オクトパス化?)
知己の真意が読めずに家永が怪しんでいると
「俺……、その、き、キスすると記憶がよみがえるんだよな?」
ぼそぼそと胸元の知己から質問が飛び出した。
「は?」
思わず聞き返して、知己を見下ろすと
「……全部、言わせんなよ」
やっぱりどこか拗ねているような、あるいは照れたようにも見える知己の強烈な上目遣いが待っていた。
(こ、これはキスのおねだりか?)
家永は察した。
「……平野」
戸惑う家永が、油切れた機械のようにぎこちない動きで知己の肩を抱くと
「馬鹿。お、俺だって恥ずかしんだぞ。早くしろ」
えげつない知己の催促が飛んできた。
少しばかり残っていた家永の理性が、後ろめたさとなって邪魔する。
(いや、いいんだよな。今、俺達は恋人同士なんだから)
覚悟を決めた家永が見下ろすと、襟を掴んで逃がさない勢いで胸元でじっと待つ知己の額が見えた。
そこに、ちゅ……とキスを落とす。
その瞬間、赤い顔の知己が怒声を飛ばしてきた。
「ふざけんなー! 子供か!? その程度で記憶が戻るわけないだろ!」
そして今度は力いっぱい眼を瞑って、ぐんっと顔をせり出してきた。
家永は
(いや、それこそお子ちゃまみたいなおねだりじゃないか)
と苦笑した。
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