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沈黙に耐えられず、知己が
「……俺の記憶では確かにまだ二回目かもしれないけど、なんかああいったキスをしていたような気がしたんだ」
と、モソモソと言った。
(また少し記憶がよみがえったのか?)
と思う傍ら、なにやら歯切れ悪く語る知己が、まるで
「俺は決してスレた男ではない」
「だから家永、そんなに呆れるな。嫌いになるな」
と、いいわけでもしているかのように聞こえる。
(大丈夫。俺がお前を嫌いになるはずがない)
自分の口を塞ぐ知己の手を取り、改めてその手の平にキスをそっと落とした。
「……ぁ」
知己が小さく身じろぐ。
その反応が嬉しくて家永が、ちゅ、ちゅと手のひらを執拗に吸った。その度に、知己が赤くなってびくんびくんと震えていた。
ひとしきり手の平に口づけた後、
「……まあ、正確に言えば門脇君がお前のファーストキスの相手ではないしな」
ふと思い出して言うと
「……あ、そうなのか?」
夢見心地だった知己が、現実に引き戻されていた。
「確か、雅子ちゃんだか、いや美波ちゃんだか……」
知己の学生時代に付き合った貴重な異性二人の名前を上げてみた。
「え? 雅子ちゃんってあのミス慶秀大の?」
「そう」
(ミス慶秀大と付き合っていたが、長く続かずに別れた。その理由が「平野君と一緒にいると、私が引き立て役になっちゃうのよね」と雅子が言ってたとは、こいつにはとても言えないが)
と家永が思っていると
「そっか……」
知己が何やら浮かぬ顔をした。
「俺は将来、高校教師になって、ミス慶秀大とも付き合って……」
「どうした、平野。気分でも悪いのか?」
「……う、ぅ……!」
真っ青な顔になって倒れそうになった知己を家永が慌てて支えた。
「頭が痛い……」
「すまん。無理に思い出させてしまったか?」
家永は知己をベッドに横たわらせ、鍵を開けて看護師を呼んだ。
処方された鎮痛剤を飲むと、しばらくして頭痛が和らいだのか知己の顔色は戻った。
(事実を知らせて無理に記憶を思い出させるような真似は、ダメなのか)
家永にとってはただの昔語りのつもりだったが、知己には負担だったようだ。
(平野の記憶をゆっくりと記憶を回復させるためには……)
今の所、有効な手段はキスしかないようだ。
(とんでもないことだな)
家永は、何かの手掛かりになればいいと持ってきていた知己の携帯を取り出すのを躊躇われた。
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