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「どうした? 家永」
今度は知己が、浮かぬ顔の家永の様子に気付いた。
「ん……」
「あ! もしかして、俺の所為で大事な実験がおざなりになっているとか? だったら早く帰って実験の続きをしてくれ」
自分の身よりも家永のことを気遣う知己に、
(これは下手に隠さない方がいいか)
と家永は判断した。
「実験は大丈夫だから、落ち着け」
「だって、せっかくのお泊り実験なのに……!」
家永は、バッグから知己の携帯を取り出して見せた。
「もしかしたらと思って平野の携帯を持ってきてみたんだが。無理に思い出すと、激しい頭痛に襲われるようだから、中の写真は見ない方がいいかもな」
と警告する家永に
「え? それ携帯なの?」
思ったのと違う知己の反応が返ってきた。
「鏡か何かかと思った」
(あ。そっか。10年前は、ガラケーだったな)
と思っていると家永の手から
「せっかく持ってきてくれたんだから、見てみるよ」
知己が携帯を手に取ってみた。
「また頭痛来ても知らないぞ」
家永が言うと
「薬もらったし、少しなら大丈夫だろ。それよりも……」
「なんだ?」
「あの、……その、お、お前との記憶を思い出したい……んだ」
知己が照れくさそうに笑った。
「……」
(携帯を見たら、俺との思い出よりも)
きっと将之との思い出が蘇る。
家永の胸に苦い思いが占める。
今すぐ携帯を奪いたい気持ちに駆られたが、知己の望むことならばそれも受け入れようと家永は決めてここに来ていた。
「んで、これどうやって使うんだ?」
深刻な家永の横で、知己が携帯をつまむように持って尋ねる。
「それも忘れたのか?」
家永の質問には答えずに
「10年の間に、携帯はデカく進化したんだなぁ」
知己は妙な所で感心していた。
「こう、スワイプして……画面を開いてだな」
家永は携帯を開く手伝いをした。
「ほら、暗証番号を入力しろ」
「そんなの知らない」
「知らないって……!」
(そっか……。この10年の記憶がすっぽり抜けているんだったな)
とはいえ、このままではロックがかかったままだ。
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