慶秀大学海浜研究所 9

9/9
前へ
/778ページ
次へ
「うーん。さすがに俺だってお前の暗証番号なんか聞いたことないぞ。お前の誕生日とかなんか、それっぽいもの入力してみろよ」 「大雑把だな、家永。  ところで、数字押すボタンはどこだ?」  知己は、携帯をひっくり返したり横から眺めたりして、ガラケーの数字ボタン的なものを探していた。 「ボタンはない。タッチすればいいんだ」 「タッチ……」  いまだピンと来ないのか、知己が携帯をぼんやりと眺めた。 「なんか……エッチだな」  知己が頬染めて言うと、家永は (思ってたのと違う方向で考え込んでた)  と呆れた。  20歳というよりは、思春期の中学生思考に近い知己に 「なぜ、そうなる?」  家永が軽く眉間にしわを寄せる。 「冗談だって。これだからAV嫌いは……」(※1)  聞こえるくらいの小声でブツブツと文句を言いながら知己は、スマートフォンという名の未知の文明機器にタップを試みた。  そこでふと、 「あ。もしかして……触ってほしいのか?」  家永が時差あって思いついたことを言えば、知己から 「……………………冗談だってば」  奇妙な間のある返事があった。 「1、2、2、5」(※2)  NG音が響く。 「ダメだ、開かない」  がっかりする知己と対照的に 「そうか」  家永は、ほっとしていた。  ほっとした瞬間に、家永は激しい自己嫌悪に襲われた。  知己が幸せならいいと思っていたのに、やはりどこかで知己が欲しいと願っている。  今の、この状況を喜んでいる。 (なんて狭量なんだ、俺は)  へこむ家永を尻目に知己が 「んじゃ、0、3、2、1」(※3)  と再度試みていた。  だが、やはりNG音が響くだけだった。 「これも違うかー」  残念そうに呟く知己を、家永は 「……平野……っ!」  思わず抱きしめていた。 (※1)家永は平野知己そっくりのアダルト女優「平賀朋」鑑賞会で目を背けていたことがあるので、AV(アダルトビデオ)が嫌いなんだと知己に思われています。 (※2)知己の誕生日は12月25日です。 (※3)家永の誕生日は3月21日です。
/778ページ

最初のコメントを投稿しよう!

242人が本棚に入れています
本棚に追加