中位将之という人物 1

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中位将之という人物 1

 翌日は、10時頃に家永は知己の病室を訪れた。 「……なんか、やつれてない?」  知己が訊くと 「昨日、眠れなかった」  ぼそりと家永が答えたので (ああ、それで寝過ごしてこんな時間か)  と中途半端な時間を見た。 「実験か?」 「いや。まあ……、うん。昨日の夜、一生分の罵詈雑言を浴びた」  なんとも菊池に影響された言い方の意味が分からずに、 「何、それ?」  知己が苦笑いを浮かべた。  ロックがかかったままの携帯を知己の元に置いといても仕方ないので、家永は持ち帰った。  それに21時きっかりの将之から定時連絡に、今の知己を出させるわけにはいかない。記憶の蓋をこじ開けるような、そんな恐ろしい真似などできるはずもない。  かと言って、門脇を電話に出させるとややこしくするだけだ。  消去法で、やむなく家永が出た。 「多分、助けてくれたのは(あや)ちゃんとやら……だろう」  見るに見かねて、礼が電話を取り上げ 「お兄さんが取り乱してごめんなさい。ちょっと落ち着かせるわ」  と言った後、 「いい加減にしなさーい!」  という声とぱーんっと頬をはるようなバイオレンスっぽい音が聞こえた気がした。 (あの腹黒坊ちゃんを平手打ちできる女が居るとは……)  世界は広いな……と家永は、将之の罵倒する声で耳鳴りする頭で考えていた。 「……礼ちゃん? それ、誰?」  分からないことだらけの知己が、言った後にまたもや家永の背後をそっと伺い見る。 「昨日、ずいぶんな言い方をしていたが……門脇君が苦手か?」 「あの威圧的態度は、ちょっと。殺す(やる)気満々の眼光も無理だ」 「確かに……彼は隙あれば必ずヤるタイプだ」  高校在学中も隙あらば知己に色々していたのは、聞いている。  昨日も「蓮」呼びにやたらと拘っていた。 「怖っ……!」 「昨日の朝は『殴って思い出させる』とか言ってたけど、多分、彼は言うだけで平野にそういうことはしないと思うが……、念のため後ろには気をつけろよ。未だに狙っているようだから」 (後ろ……夜道で背後には気をつけろってことか)  命の恩人にあれだけの態度を取ったのだ。  恨まれても仕方ない。  知己は「分かった」と頷いた。 「でも、珍しいな。お前が人にあんな態度取るなんて」 「だって……、家永を脅してたじゃないか」 (俺を脅していたと思い込んで、あんな態度を取っていたのか)  と思うと、何やらそわそわするような妙な感覚になる。  ただ、このままではあんなに慕う門脇があまりにも可哀そうだ。
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