中位将之という人物 1

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(必死かよ)  言っていることと裏腹に、全力で喜んでいるのは確かだ。  その湧き上がる喜びを押さえるのために、怒っているように見せかけているだけだ。  そう思った途端、家永の中にストンと何かが降りた。  長年取ってきた観測データが結果とうまく結びついて、仮説が理論へと導かれた瞬間のような感覚だった。 「お前の方が好きだよ」  これまた、ポロリと家永が報告でもするかのように告げる。 「な……っ!? 何を、お前、急に!」 「お前が言い出したんだろ?」  とベッドの上の知己の目元にキスを落とす。 「……何っ……!」  慌てる知己に 「いや、なんか泣きそうになってるなって」 「はあ? 泣きそうになんかないし! 慰めのキスなんかいらん!」  一通り文句を垂れ流すと、今度は知己が家永の顔を両方からがしっと掴み、固定した。 「このやろっ!」  と言い捨てると、ベッドに身を乗り出していた家永の唇に噛みつくようなキスをした。  一通りお互いの唇をむさぼるようなキスをした後、家永が体ごと顔を離す。  今度こそ、立てかけてあったパイプ椅子を取りに行く様子だった。 「……」  キスですっかり潤んだ目になった知己が、家永の淡泊ともいえるその行動に 「なあ、家永。俺……本当に家永と恋人なのか?」  ぽそりと言った。 「え?!」 (まさか、さっきのキスで記憶が戻った?)  家永がベッド脇に立った状態でフリーズした。 「ど、どうして……?」  家永らしくない動揺を感じ取り、知己は悲しそうに視線を落とした。  「だって、キスはいつも俺からだ」 「そうだっけか?」  家永は全く意識してなかった。 「記憶戻す手段はキスしかないのに、昨夜もあいつら連れてきて記憶戻らないか試そうとするし」 「少しずつ記憶戻ってきているみたいだし、会ったらさらに記憶が戻るかもと門脇君がうるさいから、ちょっと試しただけだ」  家永にしてみたら、実験的要素が強かった。 「本当は、俺とのキスなんか嫌なんじゃないか」 「だったら、しない」  そもそも額や目じりのキスさえもしないと家永は主張した。 「家永は優しいから、俺がお前のこと好きになってしまったから、お前は断れなくって、こうして付き合ってくれているんじゃないか?」  なぜか知己から告白したみたいになっている。 「記憶、本当にないんだな……」  知己の見当はずれな話に、半ば呆れ気味の家永が 「俺から告った」  と言った。  項垂れていた知己が「え?」と顔を上げる。 「俺から告ったんだ」  と家永は二度言った。
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