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研究生でもないのに、何が面白いのか、毎日のこのことやってくる風評被害の原因たる門脇。
そこで家永は「せっかく来ているのだから」と、少し実験を手伝わせてみた。すると、1年生ながらも門脇は実験の意図を即理解し、しかも顔と口に似合わぬ丁寧な仕事ぶりだった。
(……と、この間言ってたな)
家永は、門脇の優秀さと有用性に気付き、とうとう今日は本格的に実験に駆り出しているらしい。
「さっき『来れない』って言ったよね?」
写真を見て嘘ではないと理解した章が、携帯かざす知己に言った。
「ああ」
「正しくは『来られない』だね? 先生」
「ぐ……」
『ら』抜き言葉の章のツッコミに、知己は一瞬言葉が詰まった。
「そ、……そうとも言う」
「素直に認めなよ」
章が目を細めて笑う。生徒に突っ込まれて、少し恥ずかしいが正しい日本語は章の指摘通りだ。
「分かった。『来、ら、れ、な、い』!」
知己が言い直すと
「あはは! マジ、素直!」
自分で仕向けておきながら、章は大げさに喜んだ。
演技かかった章と、やりこめられた知己を眺めていた俊也に
「だから、お前ら。ここに居ても時間の無駄だぞ」
すげなく知己は言った。
「あー、傷つくなぁ。追い出すのぉ?」
「俺達、ここに居たいだけなのに」
「寂しかったら居てもいいって、あの時言ったくせに」
俊也と章、口々に文句を言い始めた。こういう時だけ、やたらと気が合って騒がしくなる。
「だったら、お前らもなんかしろ」
と知己が言うと
「何、それ?」
大仰に騒いでいた二人の動きが、ぴたりと止まる。
「門脇と一緒だよ」
「うーん?」
二人同時に首を傾げている。
なんだかんだで気の合う二人なのだろう。
「『働かざる者食うべからざる』……つまり、働いたら食ってもいいってことだよな?」
「そうなのか?」
俊也が章に振ったが
「さあ」
と章は答えた。
「だから、『働いたら居てもいい』ってことだ」
知己は教科書に目を落としつつ、言った。今日は、明日の準備に余念がないのか、あまり章達にかまっていられない様子だ。
「かなり都合いい解釈のような気がしないでもないけど、まあ、いいや。何すればいいの?」
「そこのコンテナの中」
見ると、ロッカー脇に大きなコンテナが3つ置いてあった。
「?」
「今日使った実験器具、お前らが片付ける用にとっておいた」
「めちゃめちゃ当てにしてんじゃねーか」
すかさず俊也はツッコんだが、ブツブツ言いながらも、章と二人、コンテナの前に座り仲良く片付け始めた。
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