中位将之という人物 1

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「あ……家永、ちょっと待ってくれ」  そういうと知己はベッドからするっと降りて、カーテンを閉めに行った。 (そりゃ、そうだな。まだ10時過ぎだからな)  窓からは日光がさんさんと降り注いでいる。  これからしようとしていることは、健全な朝には不似合いな行為。 「……平野」  家永が声をかけると、知己はカーテンの端を摘まんだまま 「何だよ」  気恥ずかしそうに答えた。 「期待している所悪いが、ここまでにしよう」 「えーっ?!」  思ってたよりも大きな声が出て、知己は慌てて口を押えた。 「冷静に考えたら、病院だし」 「……それはさっきも聞いた」  声は潜めているものの、いかにも不満だと分かる。 「それに、こんな時間だし」  と時計を見る家永につられて、知己も壁にかかってたデジタルの電波時計を見た。  確かに。  いつ、午前の回診に看護師なり医師なりが訪れるか分からない。 「……」  無言でカーテンを再度開けて、知己はベッドに戻ってきた。 「これ以上やったらお互いに納まりつかないだろ? やった後の処理、どうすんだよ」  家永がさらに冷静な追い打ちをかけてきた。 「……そっか。そうだよな」  渋々返事する知己は (事後のことまでは考えてなかった)  ちらりと病室に付いているトイレを見た。  ここの病院には各部屋にトイレが付いていたが、さすがにシャワーまでとはいかない。  はあーっと溜息を吐いて知己は 「俺、すぐにでも退院したい」  下心丸出しに呟いた。 「20歳の平野は、ガツガツいくタイプだったんだな」 「20歳なんて、そんなもんだろ? 家永は違うのか?」 「生憎と俺は30歳だからな」 「30歳になったら、そんなに枯れるもんなのか? ちょっと早くないか?」  知己は、何やら可哀そうな者を見る目になっている。 (誰のせいだと思ってんだ)  知己と付き合って12年。  すっかり我慢する癖が身に付いてしまった。 「なんだよ。やっぱり俺だけがガツガツしてんのか」 「お前だけじゃないよ」 「本当か?」  再三のお預けにすっかり意気消沈の知己に、家永はちゅっと軽いキスを落とした。 「本当だよ」 「お前……不意打ち、狡い……」  と言いつつも、まんざらではなさそうな知己に家永は 「……そうだな。このまま記憶が戻らなかったら、俺の家に来ないか?」  と言った。 「え?」  思いがけない家永の提案に、知己が顔を上げた。
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