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「退院した後だって、記憶が戻るまでは何かと不自由だろ? だから、今いるところを引き払って俺の家に来い」
「い、いいのか?」
素直に喜んで、知己は確認した。
「もちろんだ」
大きく頷く家永に、中身20歳の知己ははしゃいだ。
今いるところ……つまり、将之の所を引き払って家永の所に行くということだ。知己としては、実家から出るくらいの感覚だろう。
「うわ、それって嬉しいな。朝、起きてすぐに家永に会えるし、夜、眠る直前まで一緒に居られる……。って、え、あれ……?」
そこで、はたと気付き、知己は微妙な表情になった。
「……どうした?」
不思議に思って家永が尋ねると
「いや、なんか……今のと似たようなことが……前にあったような気がして」
と言って、知己は口元に手を当てて考え込んだ。
(もしかすると……あの坊ちゃんとの同居に、そんなやり取りがあったのか?)
憶測でしかないが、家永は
(また少し記憶が戻っているのか)
とも思った。
(皮肉なものだ)
知己と甘い時間を過ごせば過ごすほど、記憶が蘇る。
すべてを思い出した時、知己はどうするのだろうか。
自分の元を去るのか。
案外、記憶の上書きが上手く行って自分の元に残ってくれるかもしれない。
「ところで、俺は今すぐ退院したいんだけど」
グイグイ来る知己に
「だったら、俺んちじゃなく、後2日は研究所生活だぞ」
大学の施設を後二日使うことになっていることを伝えた。
「別に。ここじゃないなら、いいじゃないか」
「言っておくが、門脇君たちは居るからな」
「え。あ、そっか。……あいつらは、その……ちょっと」
知己は語尾を濁した。
仮にも命の恩人だ。命の危機に瀕した原因も門脇だが、そこの記憶はない。
菊池はともかく、門脇の積極さが人見知りの知己は苦手だった。しかも、知己にとっては初対面。だのに性的に見られているのは、もはや嫌悪しかない。
(ずいぶん嫌われたもんだ)
と家永は思った。
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