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「とりあえず、病院にならしばらくは来ないと思うが」
「そうなのか……」
昨日、知己に嫌われたと思った門脇はようやくそこで自分の行動を痛く反省し、今はおとなしく家永の代わりに実験を消化している。
今の知己の心の頼りは家永だけ。
それで、家永が気兼ねなく見舞いに行けるようにというのもあるだろう。
そして、鬼神と化した将之の心抉る謗りの数々を一身に受けてくれた家永への、せめてものお詫びなのかもしれない。
「お前の見舞いは俺に任せると言ってたぞ。彼なりの罪滅ぼし……かもな」
「?」
「彼も大人になったもんだ」
「はあ?」
知己一人が意味が分からずにいた。
「あ……」
家永が胸ポケットに手をやる。
ブーンという振動音が聞こえたから、家永のマナーモードにしていた携帯が鳴ったと思われた。
家永は取り出して、知己曰く黒い鏡のような面を見る。
「噂をしてたら、門脇君からだ」
知己がビクっと眉を寄せた。
「ちえ。実験任せたりとか、門脇さんのことを随分買ってんだな」
面白くなさそうに知己が言うと
「……妬くな」
と、家永が電話に出た。
(妬いてねーよ!)
知己が言葉には出さず、警戒した猫のような目になって見つめた。
『家永先生。すまん。実験で分からない所が出てきた。帰ってきてくれ』
「分かった。帰る」
それだけで切ると
「短っ」
知己が言う。
おそらく通話時間10秒内だ。
「そんなもんだろ。だから、お前が妬く必要もない」
「妬いてねーってば」
即答する知己の強がりを、家永は聞いてなどいなかった。
「俺は一旦戻るが、来れそうだったらもう一度くらい来るよ」
「実験が大変だったら、いぃ……」
言いかけた知己の言葉を最後まで聞かずに、家永はくしゃっと知己の頭を掴むように撫でた。
「そんな顔するお前を一人で置いとけない」
「くそ。めちゃくちゃ年下扱いしやがって」
「実質そうなんだから仕方ない。だから、妬くな」
「妬いてないってば」
自分の頭を掴む家永の手首を両手で掴んで引き離し、知己は
「さっさと門脇さんとこに行けよ、ばーか」
と分かりやすい悪態をついた。
「これで妬いてないというのだから、驚きだ」
呆れたように言って、家永は病室を後にした。
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