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このままでは知己の病室に戻って、無理やり記憶を引っ張り出すようなマネをしかねない。
家永は
「平野が溺れて、入院した話は昨日の夜にしたな」
と門脇の言う「弐壱丸丸のオッサンへの定時連絡」の話をした。
「ええ。弱った先輩につけ入って、まさかあんなことしているとは思いもしませんでした。しかも、先輩の方があなたにメロメロっぽい。ズルい。僕にあんなことしてくれないくせに」
ちょいちょい本音がでている。
「電話では言えなかったが、記憶がないんだ」
「は?」
「ここ10年の記憶が飛んでいる」
「記憶ないからって、あんなことしなくてもいいでしょ?」
「キスすると記憶が戻るみたいなんだ」
「はああ? なんですか、それ」
「10年前のあいつはノンケだった。だけどキスの後に、男と付き合っていたことや男のことが好きだったと思い出している」
「何、それ? 浮気の言い訳ならもっともらしい話の方がいいですよ」
呆れ顔の将之に
「お前に会ったら、少しは何かを思い出すかと思ったが」
家永は残念そうなため息を吐いた。
「家永さんの話を信じる訳じゃないけど……そっか。10年と言うと……先輩は20歳くらいか」
「お前とは18歳の時に会っているだろ?」
「そうだけど、それ、無理ですね」
意外にもあっさりした返事だった。
「無理?」
「僕と再会した時も、きれいさっぱり忘れていましたから」
「……え?」
「黒歴史だそうです。高校時代は。思い出したくもないそうです」
「……そっか」
(名前を言っても、平野のさっぱり分かっていない素振りはそういうことだったのか)
家永は一人、納得していた。
「だけど、なんでそれが家永さんと付き合っているってことになってんですか?」
「俺に言われても」
「あなたが否定すればいいじゃないですか。僕ってもんが居るんだから、ちゃんと真実を告げたらいいのに」
「無理やり記憶を引っ張り出すようなマネすると、平野は壮絶な頭痛を起こすんだ。だから、少しずつだけどあいつの記憶が戻るのを待っている」
「へええええええええええ。それで記憶が戻るまで恋人ごっこに付き合っちゃうんだ。ふぅぅぅぅぅん」
意地悪い笑いを浮かべる将之に
(性格悪ぅ……)
と家永は改めて思った。
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