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(なんで平野は、こんなやつがいいんだ?)
と思っている家永に、将之は更に追い打ちをかける。
「大方『好き』とかなんとか言われて有頂天になったんでしょ? むかつくなぁ」
「お前、な……」
隠しカメラでもあったのかと思うくらい的確に言い当てられて、家永もついに反撃に出た。
「言わしてもらうが、お前が俺の立場だったらどうした?」
「はあ?」
「平野から『好きだ』って言われたんだぞ。『付き合っていたのはお前だろ』って聞かれたんだぞ。あの平野が言ったんだぞ。お前だって『そうだ』って答えるだろ? 『キスしたら記憶戻るから』ってねだられたら、即するだろ?」
「しませんね」
きっぱりと将之は言った。そこには何の迷いもない。
「僕だったら、絶対に
『お前には本当の恋人が居る。だから、僕は潔く身を引く』
って言いますね」
あまりにも堂々とした言いっぷりに
(こいつ……真性の下衆野郎だな)
と家永は再認識した。
「さー、もう家永さんの相手なんかしてらんない」
将之は、用件は済んだとばかりに立ち上がった。
「おい、こら。待て。一体、どこに行く気だ?」
「記憶喪失のふりして、家永さんとラブラブしてた先輩をとっちめに行きます」
素直に答える将之に
「お前、俺の話を聞いていなかったのか?」
家永は慌てて腕を掴んで止めた。
「聞いてましたよ、巧妙な言い訳。だから、めっちゃ怒ってます」
家永に掴まれた腕をぶんと力任せに振って外す。
(これだけ言っても、全く信じてない訳か!)
「あいつ、見た目はなんともなさそうだけど、一回は呼吸止まってんだからな。記憶を無理矢理こじ開けるようなマネはやめろ」
「頭痛がするって設定でしたね」
「設定、言うな!」
家永が怒鳴っても、知らん顔して将之は聞いていない。
「記憶をタンスの引き出しに例える。何か引っかかってうまく記憶を取り出せない状態を忘れた状態だとする。今回の平野の場合は、その引っかかりが大きいケースと言える。今だって少しずつ用心して開けるようにしている。それを力任せに無理やりこじ開けたら、平野の身体にどんなことが起きるか……!」
タンスで言うと、大きな引っかかりあるまま強引に引き出すと、引き出しは破損し、中身は飛び出すだろう。
容易に想像できる結末だ。
家永は、それを恐れていた。
だが将之は
「……それを信じろと言うのが、そもそも無理です」
と一蹴した。
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