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(これは……)
先ほど飲んだばかりの鎮痛剤では到底間に合わず、頭痛から派生する症状ではないだろうか。
(やっぱり嘘じゃない。
家永さん達の話を信じたくなくってここに戻っては来たけれど、こんなの目の当たりにしたんじゃ……)
自分のことを忘れているだの、無理に思い出そうとすると体調にきたすというのも「信じたくない」一心だった。
結果、知己がこんなことになっている。
将之は、苦しそうにうずくまる知己の背中をそっと撫でた。
「……」
しばらくして、ようやく嘔吐が治まった知己が
「すまん……初対面の人にこんな所見せちまって」
と詫びた。
「いえ……」
将之は知己の背中をさすりながら
(初対面ではないですし、どちらかと言うとさっきのキスの方がこんな所って感じです)
と言うのを、なんとか堪えた。
きっと、めちゃくちゃ知己は気にするだろう。自分の言動で、これ以上知己が具合悪くなってしまうのも嫌だ。
大きな体相応の大きな将之の手で背中を撫でられると、温かくて心地よい。
知己が、
「……優しいんだな」
と言うと、将之が
「なんだか、つわりの妻でも見ているような気分です」
と答えた。
「中位さんは若いのに、奥さんがもう居るんだ?」
「若くみえますか?」
「少なくとも家永より若いだろ? いくつ?」
家永をいちいち引き合いに出されるのは決して面白くないが、自分に興味を持ってもらえたのは嬉しい。
「アラサーです。来年の2月14日で29(歳)」
「ふうん」
知己は自力で立ち上がろうとしたところに、将之がすかさず手を差し伸べた。それがあまりにも自然な動作だったので、知己はほんの少しだけ躊躇したが、その手を取ってゆっくりと立ち上がった。
洗面台に寄ってうがいをして、ベッドに戻る。
その間もずっと将之は傍で知己が転ばないように気を配っていた。
「ありがとう」
ようやくベッドに戻ると
「奥さんも……つわり酷いのか? いつもこんな風にお世話を?」
将之の手慣れた様子に知己が訊いた。
「ああ、誤解招く言い方しましたね。妻ですが、籍は入れてないです。妊娠もしてません。ただ、妻のつわりってこんな感じかな? と思っただけの話です」
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