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「君の意見を聞くだけ。参考にするだけ。どうするかは僕の判断だから、その点は気にせずに意見を言ってほしいんだけど」
と、前置きをして村上は
「ここの学校なんだけど、ね……」
県下の高校名らしきものがあまた貼り付けられたホワイトボードのある磁石片を指さした。
そこには「八旗高校」と書かれていた。
「ぶっちゃけ、生徒指導が大変で。その所為か、ここを希望する教師はいないんだよねー。それでも、何人かは異動だから玉突きで異動対象の人間をあてがってなんとか調整できたんだけど」
生徒指導が大変……ということはなかなかのツワモノぞろいの学校ということである。当然、教師としてもやりにくい訳だ。
将之は、門脇蓮を思い出し、それが大勢いるのを想像してみた。
(うわ。なかなかの地獄絵図だ……)
「ついでに言うと、学力面もとかく低空飛行なんだけど」
(頭が悪い門脇君が大勢……)
「ここの英語教師が急に家庭の事情で辞めることになっちゃって。だから、この機会にぜひ指導力ある人を補充したいんだけど、なかなか適任者が見当たらなくて」
(英語教師……?)
その言葉に、きらりと将之の目が光る。
「いい人材を知ってます」
「え? 本当!?」
思わず村上から、喜びの高い声がもれた。
更に将之が
「適当にキャリアもあって、若くて生きが良くって生徒指導もガンガンしてくれそうな人」
と説明し、
「へえ、誰、誰? ぜひ、教えて」
村上はさっきまでの鬱な空気を一変させ、カラスの足跡刻む目尻を下げて期待に満ちた笑顔で将之の答えを待ってている。
「はい、この人なんですが」
将之が村上のPCをカチカチと数度操作して、人物を表示させた。
「え? この人?」
画面を見て、村上の笑顔が明らかにこわばった。
「何、この人。すごくきれいな人だね。外国人? 大丈夫かな? この人で勤まるの?」
いかつい生徒指導ゴリゴリの教師かと思ったら、全然違うタイプである。
むしろあまりの綺麗さに生徒達の反感を買いかねないのでは? と、村上は驚きと疑問を隠せなかった。
「これが顔に似合わずタフな人で。メンタルも強いのなんのって。あれなら生徒指導もできると思われます。ちなみにハーフなので、日本語もペラペラ。学力の底上げにも尽力してくれると思われます。ね、優秀な人材でしょ?」
「へえ、それは願ってもない存在だなぁ」
言いながら、村上はその人物のデータを、参考までにと読む。
「あ、ダメだよ、この人。今年度東陽高校に配属されたばかりの人じゃない。一年で異動はないでしょ?」
「いや、彼ほどの指導力があれば、そろそろこういう学校でも腕を振るってもらってもいいんじゃないですか? 一年で異動したというケースは少ないですけど、これまでもありますよ」
「そうかな。そうだな。うーん、どうしよう。言われてみたら確かにここに欲しい人材かも。他にいい人思いつかないし……」
ひとしきりブツブツを考え込んでいた村上課長だったが
「うん! やっぱり、中位君の言うとおりにしよう」
決断して、カチカチとPCの入力操作を行った。
「ありがとう、助かったよ」
「こちらこそ助かりました」
「え?」
「いえ、お役に立てて何よりです」
将之は村上に手を振ると、今度こそ知己の待つ家に帰るべく人事課を後にした。
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