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「これから……退院したら一緒に住む約束したんだ」
知己の話は、将之にとって全く意味が分からなかった。
(一緒に住む約束って……?)
キョトンとしていると
「あ、いや、いい。俺の話なんかしてごめん。中位さんには関係ない話だった」
知己が恥ずかしそうに話を終わらせようとする。
「大いに関係ありますよ。どういうこと?」
(一緒に住んでるの、僕でしょ!)
言いかけて、将之は慌ててやめた。
現実を無理に教え込むと知己が強烈な頭痛を引き起こす。
「いや、あの……恥ずかしいな。こんなこと……。その……退院したら、俺、家永んちに住むつもりなんだ」
「はああぁぁぁあ?!」
(珍しくこの人がプライベートなことを聞きたがると思ったら……!)
その後の将之の動きは早かった。
挨拶もそこそこに知己の病室を飛び出して、病院の敷地外へと駆け抜けた。
辺りを見回すが、風光明媚なのどかな風景が広がるだけの海沿いの道には、たまに車が通る程度。潮風にさらされたバス停は錆びていて、やっと「病院前」と書かれているのが分かる。それがぽつんとあるだけで、人はいないし来そうにもない。会話しても聞かれる心配はなさそうだと踏むと、屋根のあるバス停のベンチで日を避けながら、将之は家永に電話した。
『ちょっと、家永さん!』
「なんだ。君か。今、手が離せないんだが」
手を尽くしてやっと説得した相手からの電話に、家永の声は心底嫌そうだ。
『なんであなたと先輩が一緒に住むことになってんです?』
「……ちっ」
『今、舌打ちしたでしょ?!』
それには答えずに家永は
「……平野から聞いたのか」
と返事した。
(面倒になったな。平野に口止めしておけば良かったか……?)
だが、後二日もすればバレることだ。いくらなんでも、将之に内緒で引き払うのは難しいだろう。
(でも、あいつがそんなことを人に言うのって珍しいな)
話の流れを知らない家永は、勝手に、知己が「家永との同居が嬉しくてつい誰かに喋っちゃった」というシチュエ―ションを想像して
(平野……可愛いとこあるな)
などと呑気に思っていた。
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