中位将之という人物 3

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『……記憶喪失って、記憶なくしている間のことは記憶が戻ったら忘れるんでしたっけ?』  家永の真意を測りかねて、将之が言った。  通説通りだったら、これまでのことをきれいさっぱり忘れて、知己は将之の元に戻ってくるはずだ。 「そのように言われているが、実際にはそんな脳のメカニズムは解明されていない。新しい記憶として残るかもしれない」  この場合でいうと、将之のことは過去のこととされ、知己は家永との関係をそのまま続行する。 (それを狙っているのか)  家永の諦めきれない何かをここで理解した。 (……ありうる……。  あの人、元々家永さんには異常に懐いていたから。これを機会に、僕と別れて家永さんと。……いや、むしろその可能性の方が高い。あの人の性格から言っても 「家永とこんな風になったら、もう、俺は将之の元には戻れない」 とか言い出しそう)  以前の家永であったなら、知己の将之への思いを優先し、知己から一歩引いた立場でいた。だから知己が「親友だ。大事にしたい」というのも認めたし、今回の合宿だって了承したのだ。  だが、今回は違う。  家永は堂々と宣戦布告している。  例え知己の記憶が戻って将之の元に戻ろうとしても、引き止めるだろう。  そうなると、知己は家永を振り切って将之の所に帰ってくるだろうか? (やばい。全然、帰ってくる気がしない……)  今更ながら将之は青ざめた。  今まで安穏とした知己との生活は、家永が知己に対し「親友」のポジションで甘んじてくれていたからだと思い知る。 (この人を怒らせたのは、失敗だったか……)  打算的に思わないでもない。  だがあの談話室では、どうしても将之は罵られずにいられなかった。   一か月近いアメリカ研修。自分だけ礼に会う楽しみも控えていて、知己を一人家に待たせるのが忍びなかった。学生気分に戻って、夏休みを過ごしたいというのも分かるし、これまでの家永の態度と実験の切羽詰まった状況に、妙な下心を感じなかった。 (だから、OK出したのに!)  親切心でOK出したのに、まるで知己と家永の二人に出し抜かれたような気分だ。 (この僕を騙すなんて……!)  だけど、あの時の二人は将之の想像した通り。知己は単なるバカンスで、家永は実験に追い詰められていた。思わぬアクシデントで、家永にとってタナボタ的なことが起こっているに過ぎない。
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