★中位将之という人物 4

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★中位将之という人物 4

 知己を心配し「過保護」と言われながらも日に何度も訪れていた家永だったが、この日は夕方になっても本当に来なかった。 (……本当に今日は来ないのか……)  夕飯の済んだ盆をナースステーション前のワゴンに返し、知己はそっと溜息をついた。  明日はいよいよ海浜研究所の退所日だ。  優秀な助手として参加してもらった門脇でも、追加した実験は一人では荷が重く「俺の手には負えん」と、何度も家永を呼び戻していた。そのやりかけの実験を詰めているかもしれない。 (でもメインの実験は終わらせた実験だと言っていたのに ……)  残りは、できたら程度の実験だったが、せっかくの施設機器。知己は、強引な記憶を戻す情報を入れられない限りは体調の変化はなく、むしろ健康。昨日「頭痛祭り」の家永の言葉に反論入れなかった将之は知己の事態を正確に把握したと家永は思ったのだろう。(実際に将之は、頭痛から派生した嘔吐まで見てしまった。)将之がそうそうに訪れないと踏んだ家永は、なんとかして実験をやり終えたくなったのかもしれない。 (今しかできない実験優先してもらって良かった。俺の所為で、終わらなかったら申し訳ないよ。大丈夫、明日には会えるんだし) (でも、俺が来なくていいって言ったけど、それを真に受けるか? あ、「仕事と私、どっちが大事?」って聞いちゃう嫁さんの気持ちだな、これ) (いやいや。わがままなんか言っちゃダメだ。明日退所したら、その足で俺を迎えに来てくれる筈だから……それまで我慢しよう)  負の感情とそれを否定する前向きな感情が交互に訪れて、知己は落ち込んだり持ち直したりを繰り返していた。  夕食後の最後の検診に看護師が訪れて、知己はベッドに腰掛けて窓を眺めた。  すっかり見慣れた薄暗くなった窓の景色も今夜が最後かと思うと、なぜか寂しい気もする。 (……明日は何時に迎え来てくれるんだろう)  来なくていいと言ったが、来ないと寂しい。  そんなことは分かってはいたが、家永の足を引っ張るのはもっと嫌だった。  景色見ながらの寂しい気持ちがリンクして、知己は (思えば、こんなに家永に会わないことなんてなかったな……)  と濃密なここ数日を思い出していた。
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