★中位将之という人物 4

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(俺はまた……何をしてるんだろう)  知己を抱きしめながら、家永は自嘲を浮かべた。 (不毛以外の何物でもない)  と、思う。  知己が記憶を取り戻しつつあるのは、確かだ。  男同士でそういうことをするのが記憶取り戻すきっかけになっているのなら、退院して一緒の生活が始まればその流れにならない方がおかしい。  記憶を取り戻すことも、そのような行為も知己が望んでいる。 (記憶を完全に取り戻したら、こいつは悩むんだろうな)  だが、真実を告げる訳にもいかない。無理矢理引き出しを開けるようなマネをするなと言ったのは自分自身だ。  本来なら家永は、ありとあらゆる方法を試す科学者だった。  だけど、今回ばかりは八方塞だ。水が高い所から低い所に流れるように、ただ自然の摂理に導かれるまま、何もできずに傍観するしかない。  家永(自分)と過ごしていれば、いずれすべての真実が分かる日が来る。しかも、さして遠くはないうちに。 (その時は……平野の生きたいようにしたらいい)  家永は、知己の判断に任せるしかないと思った。 (こういうのは俺の(しょう)にとことん合わないが)  そう考えると自然に自嘲がもれた。 「家永……、また、何か考えているな」  胸元に顔を埋める知己がぼそりと指摘した。 「何か心配なことでもあるのか?」 「いや。たいしたことじゃない」  と家永は答えた。そして 「そろそろ……」  そろそろ帰らないと門脇がうるさいと言おうとした家永を、知己が察してぎゅっと掴む。 「帰るのか? か、門脇さんの所に……」 「は?」  どうやら今度は門脇に妬いているらしい。 (……俺よりも不毛な奴が居たな)  家永は門脇をかなり不憫に思った。  離れたくなくて知己がしがみついていた。 「退所は、早くて10時だな」  朝食、施設内清掃、点検、戸締まり、機械警備の開始等を考えたら、退所時刻はそうなる。 「ん……」  遠回しに「明日、また会える」と言われて、不服そうではあるが知己は短く返事をした。  コンコンコンと、素早いノックが3回。 (え? このノック……?)  既視感あるノックに驚いていると、来訪者は返事を待たずにドアを開けた。 「失礼します。  あれ? 真っ暗? もう寝てました? 僕も非常識な時間だとは思いましたが来ちゃいました。どうせ家永さんはこういうの小うるさくって面会時間後は来ないでしょ? どうしても先輩と二人っきりで話したくて……」  と、入るなりその男が暗闇に向かってまくしたてた。
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