★中位将之という人物 4

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 ぶんっと豪快に空気を切り裂く音がした。 「……」  知己が息をするのさえ忘れて見つめている先で、家永が将之の拳を間一髪のタイミングで避けたところだった。 (良かった……)  将之の右手は、ボクシングで言う所のフックの要領で横から放たれた。その腕は大胆に伸びきるほどの空振りで済んだ。だが、あの風切り音と大きなモーション。当たったらどうなっていたか容易く想像できる。知己は青ざめながらも家永の無事に、ようやくほっと息を吐くことができた。  豪快な空振りのおかげで、いささか冷静さを取り戻した将之は 「……理数系のくせに」  ぼそりと意地悪を言った。避けられて、苦々しく思っているのだろう。言葉にかなり棘がある。  それを聞いて家永は 「理数系だからな」  と答えた。 「人間ってそうトリッキーな動きはできないもんだ。筋繊維の動きは読めるし関節もありえない方向には動かない。昨日見せてもらったから君の体躯や腕の動かし方とリーチ(腕の長さ)は分かっていたから、軌道の予想はついた」  それでも避けるのが後一瞬でも遅れたら、家永は昨日と同じく吹っ飛んだであろう。  それを言うと将之が喜びそうなので、家永は黙っていた。  将之は短く「ちっ」と舌打ちすると、更に 「専門分野は生物だったのでは?」  と、しつこく絡む。 「人間も生物だろ? 大きさの違いだ。その所為で親近感もたれて医学部の奴らも遊びに来る。そして医学書も置いていきやがる」  記憶うんぬんの「脳科学」もその一端だった。  二人の会話について行けずに 「え? 俺、ちょっと家永が何言ってんだか分かんない」  一人要領を得ない知己がオロオロと戸惑っていると 「「理科教師のくせに」」  思わず二人が声を揃えて言った。 「ぅぐっ!」  なぜか機嫌悪い二人に八つ当たり気味に罵られ、知己が情けない声を上げた。  改めて将之を見据え、家永が 「君は、もう10分早くここに来るべきだった」  と言った。 「はあ?」  挑発的な言い方に、将之はますます怪訝な顔をする。 「10分前に来て、決定的な俺と平野の姿を見るべきだったんだ」 「……!?」  怒りのあまり、下ろした将之の拳がブルブルと震えていた。
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