240人が本棚に入れています
本棚に追加
暗闇の中で睨む将之を冷ややかに見つめる家永だったが、そこにボフっと真横から枕が飛んできた。枕は、不意を突かれた家永の側頭部を直撃した。
「……」
「家永―! なんでそんなことをっ?!」
真っ赤になって知己が言うと
「……裏切るなよ、平野」
枕をまともに受けた家永が、ズレた眼鏡を元に戻す。
「どっちが裏切りだ!? そんなことをわざわざ人に言うなんて」
「ああ、それで……」
将之が鼻を触りながら
「なるほど。それでこんな青い臭い匂いがしているんだ?」
軽蔑したように言い放った。それを聞くなり知己が「あっ!」と今更ながら真っ赤な顔してぎくしゃくとベッドを下り、いそいそと窓を開ける。
「……平野、騙されているぞ」
「え?」
「今のはカマかけられたんだ。よく考えろ。俺がお前の服もシーツも汚さない方法でしただろう? そんな匂いなんかしない」
「めちゃくちゃ腹が立つ会話ですね」
「あえて言うなら下着に付着したと思われるカウパー氏腺液(※)ぐらいか。それでもスペルマ(※)よりは匂わない筈……」
「ふぎゃー! 医学的な専門用語で言うなー!」
「あー! あー! あー! はい、はい! よぉっく分かりました! 僕の入り込む隙間なんてないくらい、二人はいちゃついてたんですね?」
知己も将之もこれ以上聞きたくない思いで耳を塞いだ。
「ちょっと! いい加減にしてください!」
そこに一喝。
「ひぃっ!」
新たな来訪者に、知己がまたもや「今度は誰だ?」と怯える。
ぱっと照明が灯って、暗闇から一転、知己の病室が明るくなった。
スライド式ドアを全開にしてそこに仁王のように立っているのは、齢50を超えるベテラン看護師長だった。
「いい大人が面会時間過ぎてもいつまでも帰らずに、病室で暴れるわ、大声を上げるわ……。迷惑なのが分からないんですかー!」
将之たちよりもよほど大きな声で怒鳴られて、三人はもはや黙るしかなかった。
仁王の化身となった看護師長に睨まれては、将之も家永も言い訳などできない。背中に痛い視線を浴びながら、すごすごとその夜は帰っていった。
病室にただ一人残された知己も
「消灯ーっ!」
と看護師長が点けた照明を荒々しく消され、やはり亀のように怯えて布団の中でうずくまるだけであった。
※真面目な顔して、「○○(伏せずにはいられない言葉)って専門用語でなんと言うの?」と調べ、検索履歴を人に見せられない状態になりました。これがNGワードではなかったのが、ちょっと嬉しいです。(嬉しいか?)
最初のコメントを投稿しよう!