中位将之という人物 5

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中位将之という人物 5

 翌朝、8時。  病院の会計窓口に知己はキャリーバッグを引いて現れた。 「……先輩?」  声に振り返ると 「また、あんたか」  知己があからさまにうんざりとした。 「なんでこんなに早くに?」  8時に退院なんて、いくらなんでも早すぎる。 「朝イチで強制退院だ」 「強制……?」 「あんなに騒いだんだ。仕方ないだろう?」 「ああ。怖かったですねー、看護師さん」  朝食と朝の回診を終えるなり、早々に「出て行ってくれ」と言われた。  元々、体は健康なのだ。  記憶を強引に引っ張り出すと襲われる激しい頭痛を理由に、念のため大事を取っての入院だったが、毎回、ああも病院で乱闘騒ぎを起こしては、さすがに温情措置も続けられない。  会計が開くと同時に、知己は退院の手続きをせざるをえなかった。 「中位さんはよく変な時間に来るけど……病院の近くに住んでるのか?」 「いいえ。僕は近くのホテルに泊まっているだけです。今日は朝から張り込む気で来ました。待合室なら怒られないかと思って」 「張り込む……?」 「はっきり言うと、家永さん対策です」 「中位さんは、よほど家永のことが嫌いなんだな」  そういうと知己はキャリーを引いて、歩き出した。 「大嫌いですね……って、どこに行くんです?」 「決めてない。とにかくここは出て行かないとまずいから。あー、家永が来るまで時間空いちゃったなぁ。どこで時間潰そうかな」  ほぼ独り言状態でブツブツ言いながら知己は病院のエントランスを出た。  玄関前は車を止めるためのロータリー。その横から建物に沿って芝生が植えられ、建物と建物の間にはビオトープや季節の花が植えられた花壇がある。小さな公園のようでもあるが、遊具はない。かなり広い庭だった。入院患者のリハビリ用の散歩コースにもなっていた。  病院の前は、バス停だ。一応日よけの屋根はあるが、盆の照り付ける太陽は容赦ない。既にアスファルトから熱気が漂っているのが見えるようだ。  知己はキョロキョロと辺りを見回した。  だが、風光明媚な海辺には二時間近くもくつろげる喫茶店はなかった。
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