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「あっ……」
失言だと、知己は思った。
「ごめん。そうだよな。その人じゃなきゃダメだから、こんな気持ちになっているのに……『諦めてくれ』だなんて言って、ごめん」
(……俺らしくない)
なぜ、あんなことを言ってしまったのだろうと悔いる。
(この人が家永のことを好きなんだと思うと、深く考えずに言わずにはいられなった)
知己の中に、辛いとも悲しいともどこか違う感情があった。
(なんだか……妙に胸が痛い)
動揺を悟られまいと美しく手入れされた庭の芝に視線を移した。
にわかに気色ばんだ将之に
(俺、軽蔑されただろうか……)
と思う。
「男とか女とかそんなの関係なく、【家永】だから好きになったと分かってたはずなのに……それなのに焦って変なこと言ってしまった。中位さんが相手だと勝てる気がしなくて……。我ながら、卑屈だった」
知己にしては、やたらと喋る。
どこか後付けの理由を見つけては、もっともらしく説明しているようにも思えた。
そして、最後は自分に言い聞かせるように
「でも、俺……本当に家永が好きなんだ」
と言った。
間違いのない感情のはずなのに、言った途端、なぜこんなにも不安になるのだろう。
グラグラとした危うげな足場に、かろうじてバランスを取って立っているような気分だ。
少しでも気を抜くと、落ちてしまいそうな感覚。
頭の中には依然白いヴェールがかかったまま。はっきりしなくて、気持ちが悪い。
知己は誰かに助けてほしいと思った。
心細げに青々とした芝を見ていると
『庭の手入れは大変だ。ミントでも植えとけ』
と家永が言って種を撒いてたのを思い出していた。
(家永……早く迎えに来てくれ)
この不安な思いがどこから来るのか分からない。
不安で不安でたまらずに、なんだか縋るような思いで庭の一点を見つめていたので、隣に座っている男が今、どんな顔をしているのか知己には分からなかった。
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