中位将之という人物 5

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(……こ、うかつ……?)  一瞬、「狡猾」の文字が浮かばずに、知己は瞳を揺らした。  まっすぐに射抜くように見つめている将之の、侮蔑に満ちた視線が痛い。 (や。な、なんだろ?)  不安定な足元が、一気に音を立てて崩れた気がした。 (この人に嫌われた……?) 「ふふ……奥手な彼氏だと大変ですね」  今度のは分かる。  明らかに知己を(あざけ)ている。 「そうまでして家永さんの気を引きたい? そうでなくてもあの人が、あなたのことを好きなのを知ってるくせに。ふふふ。御伽話じゃあるまいし、そんなメルヘンチックな理由こじつけて強請られたら、さすがのあの人でも断れませんね」  家永と自分を馬鹿にされたようで、知己は更に動揺した。 「別に俺、そんなつもりで言ってない……」  動揺が過ぎて、涙が出そうだ。  ふるふると力なく首を振って否定した。 「それで? どこまでさせたんです? 少なくとも昨日は達したみたいでしたね」 「や。そんなの……中位さんに言いたくない」 「言ってくださいよ。どんな風にねだって、どんな風に家永さんとシたのか」 「やだって」 「少なくとも一ヶ月はご無沙汰だったでしょ? 濃厚なのが出たんじゃ?」 「最低。そんな話、やめろ」  思わず耳を塞ぐその手を取られた。  手の代わりに将之の唇が、知己の耳に近付く。 「記憶取り戻すのに僕も協力しますよ。いかがですか?」  端正な顔で下種なことを囁かれて、かあっと知己の顔に赤みが挿した。 「やめてくれって」 (この人、やっぱり……野暮で、下種で、最低だ!)  大きく腕を動かして暴れてみたが、将之の方が力が強い。  将之の腕を振りほどけずにいた。  でも、多分それだけじゃない。  こんな風に手を握られただけで、心臓がドクンと跳ねる。 (……なんで、こんな人に?)  心の中で将之を罵りながら、自分も罵った。 (このままじゃダメだ。変になる)  自分の中で暴れる感情に流されそうな気がして 「あんた、奥さんがいるくせに!」  将之から逃れたい一心で、精一杯の強がりを言った。 「妻とは……、多分もう別れます。きっと二度と会わない」  冷めた言葉が返ってきた。 (意味が分からない!) 「だからって、俺にちょっかいをかけるな!」  訳の分からない感情に翻弄されて、気付いたら知己は涙が出ていた。
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