中位将之という人物 5

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 潮と草の香りを含んだ風が吹いている。  端正な横顔に真夏の風が当たって、緩やかなウェーブかかった栗色の髪が揺れていた。 「……」 「……何か?」 「なんであんたが泣いてんだ?」  自分の方がよほど酷いことをされて泣きたいくらいなのに、隣の男の意外な涙に知己が尋ねた。 「え? 僕、泣いてます?」  将之は驚いて自分の目を拭った。  確かに、濡れている。 「へえ、僕……泣いてたんだ」  まるで他人事のように語る将之に (気付いてなかったのか?)  と知己は思った。 「まあ、今、すっごいストレスですもんね」  話す内容と涙に、将之の表情が全くそぐわない。 「知ってます? 涙は『究極のリラクゼーション』なんですって。感情が大きく揺さぶられた時に流す涙には非常に高いリラックス効果を得るそうです」  別に強がっている訳でもなさそうだ。 「何、その蘊蓄……」  将之の本意が分からずに、知己が呟く。 「俺、もしかして……知らずにあんたを傷つけている?」  あんな涙を見せられて、知己の方が将之に酷いことをした気がしてきた。 「まあ、そんな所がなきにしもあらず……でしょうか?」 「そんなに家永のことが好きなのか?」 「だーかーら、どうしてそっちに行くかなぁ?」  焦れたように将之が言う。 「違うのか?」 「違いますね」 「じゃあ、なんで……き、キスなんかしたんだ?」  知己が、そっと唇に触れる。 (どうしよう。中位さんを泣かしてしまうなんて……ってか、俺、なんでこんなに動揺してんだ?)  キスされた自分よりも、目の前のこの人を知らずに傷つけていた方が辛い。 (ははーん。さては……僕が家永さんを取られた嫌がらせにキスしたとでも思っているんだな)  説明したところで、今の知己に分かってもらえるとは思えない。 「……とりま、このくらいしたっていいでしょ?」  将之は、ため息を一つ吐いて潔くベンチを立った。 「も済んだことだし、僕はそろそろ帰ります」  将之自身、キスのはっきりとした理由など分からない。  だから、敢えてそう言った。 「待ってくれ」  思わず知己が引き止めていた。
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