中位将之という人物 5

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「待ちませんよ。僕はもう帰るんです」 「何か、そこまで……出かかってるんだ」 「何かって……?」 「それがはっきり分からないから困っている」 「お話になりませんね」  将之は知己に向き直った。  すると、ベンチに座る知己を見下ろす形になった。  冷ややかな視線に、先ほどの涙はもう乾いている。   「言っておきますが、僕はもうキスもその先も協力する気は失せてます。そのお相手なら家永さんにでも頼んでください。でないと……」 「でないと?」 「一か月前にOKしちゃった自分自身を恨んでしまいそうです」  一カ月……。 「それ……、だ」  知己がぼそりと呟いた。 「あんた、さっき言ってたな。俺が一カ月ほったらかされたって」 「え?」 「お泊り実験の合宿は長くても一週間しか施設は借りられないはず。だのに……なんで俺が家永に一カ月も干されてたって、あんたが知ってんだ?  あ! それにあんたがアメリカに行ってたのって一カ月だったよな? 何か関係あるのか? 一カ月前にあんたがOKしたことって何だ?」 「え、えー……と……それ、言っていいのかな?」  知己の勢いに少しばかり気圧されながら、将之は (これって多分、家永さんの言う『頭痛案件』だよな)  と思った。 (つくづく巧いよな、家永さん。こうして僕に本当のことを喋らせないなんて)  もうこれで会わないつもりだ。  いっそのこと洗いざらい喋ってしまえればいいのだが、将之にはそれができない。 (僕としたことが)  知己が苦しむのを分かっていて、言うことなどできない。 (家永さんのことを奥手だのヘタレだの散々言ってたけど、僕も人のことを言えないな) 「僕は……」  と将之が一度言いかけて、少しまごついた。  知己が固唾を飲んで見守っていると 「自分で思っているよりも、あなたのことが大事みたいですね」  やはりどこか他人事みたいに答える。 「え?」  先ほどの質問の答えになっていない。 「酷いな。人がすっぱり諦めようと思った時に、こんなことを気付かせるなんて」 「え? え?」  将之の言っている意味が分からずに、知己は戸惑った。 「さようなら、です」  あっさりと将之は知己に別れを告げた。 「どんな形にしろ、あなたに負荷をかけられないんで。答えは、どうぞご自分で見つけてください」  将之は踵を返すと、そのまままっすぐ庭を抜け、表のバス通りに出て行ってしまった。
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