中位将之という人物 6

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中位将之という人物 6

(何? 『答えは自分で見つけろ』だって?)  自分の言いたいことだけ言うとさっさと行ってしまった将之の後ろ姿を恨めし気に見つめながら 「そうは言っても、俺は今、記憶ないんだぞ」  ぼそりと不満を口にして、知己はベンチに深く座り直した。  もはや不満は届かない。  将之の姿は建物の向こうに完全に消えた。 「俺一人じゃ無理なのに」  前傾姿勢になって頬杖をつくと、指が唇に触れた。  先ほどの将之の強引なキスを思い出す。 (中位さん、なんで俺にあんなこと……)  胸が締め付けられた。  酷いことされたのに、なぜこんなにも自分が酷いことをしているような気になっているのか。 (分からない)  俯き気味な知己の視界に、足元の影が目に入った。  灼熱の夏の太陽からベンチを守っている影が、ほんの少しだが短くなっている。 (何か分かりそうな気がしたのに……)  頭の中の白いヴェールにちょっとだけ指先が届いた気がした。一気に引き剥がせそうだったのに、掠っただけ。大きく空振りしてしまったような感覚だった。 (あんな冷たいこと言わなくっても)  ひどい喪失感。だが、同時に凄いことも言われた気がする。 (あの人、なんか最後に言ったな。ええっと……) ―――――「自分で思っているよりも、あなたのことが大事みたいですね」  あまりにも淡々と言われたので、そうとは思わなかった。 (お、俺のことが大事?)  思い出して、一気に顔が赤くなった。 (ええええ? 中位さん、俺のことが大事って言った!?)  ようやく気付いた途端、心臓がドンっと跳ね上がり血流が増した。鼓膜の奥がジンジン痺れて、頭がぽわぽわになってきた。 (なんだ、この気持ち……)  とてもじっとしていられない。 (落ち着け、俺!)  知己は将之が買ってくれたコーヒーを一気に飲み干した。そして、空になったコーヒー缶を見つめた。  いまだにドキドキして「落ち着いた」とはとても言えないが (どうしよう、俺。あの人が好き……なんだ……)  ようやく、自覚した。  多分、好きになったきっかけは二日前。  知己が具合悪くなって吐いた時に、傍についてずっと背中をさすってくれた。当たり前のようにベッドまで寄り添ってくれて、気遣われて嬉しかった。既に奥さんがいると聞いて、驚いた。そんな風に扱われる奥さんが羨ましいと思い、気になった。  家永と抱き合っている所を見られて、動揺したのもその所為だ。  よりにもよって将之に見られたことに激しく動揺した。
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