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(あ、しまった。せっかく中位さんが買ってくれたコーヒーが)
慌てて、力を緩める。
幸いにして少しへこんだだけ。すぐに元に戻った。
それに中身は空。もはやこれはただのゴミだ。へこもうが何しようが、後は自販機横の缶専用ゴミ箱に入れればいいだけの話だ。
(だけど……)
知己は、缶を見つめた。
とても捨てられそうにない気がした。
知己はボトル缶のキャップを閉めると、キャリーバッグの上に置いている小型携帯バッグにしまった。
(……俺、何してんだ?)
謎の行動に知己は苦笑いを浮かべた。
(でも、俺……家永に触れて欲しかったのは本当だ)
(シたいと思った。家永とだから、キスよりもその先を)
(好きだから。男とか女とかの垣根を越えて、その人だから触れたいし触れられたい。家永だからシたいんだ)
だったら、中位将之に対するこの思いはなんなのか?
「じゃあ、中位さんともシたいのか? 俺」
ふと呟いた後に
「ん?」
と声が出た。
(……何だろう。今のフレーズになんか既視感がある……)
唐突に
『じゃあ、中位将之って聞いたことあるか?』
という言葉が家永の声で蘇った。
(あ、家永が俺に訊いてきたんだった!
確か、入院初日だった。門脇さんは分かるか? 俺は分かるか? みたいな流れで……)
それってどういうことだ?
どういう意味だ?
「もしかして……中位さんは、俺にとって忘れがたい人だったのか?」
そう思ったから、家永が訊いてきたのではないか?
知己は、浮かんだ仮説を証明すべく、さっきボトル缶をしまったバッグから今度は携帯電話を取り出した。
小さな四角い鏡のような液晶画面は相変わらず真っ暗で、知己の必死な顔を映し出している。
―――――『アラサーです。来年の2月14日で29』
今度は将之の声が再生された。
(若いのに奥さんがいると知って、びっくりして年齢を尋ねたんだっけ)
そこに、ほんの少し嫉妬があったかもしれない。
(当てつけのように、気にしてない風を装って『俺も同棲を考えている』と言っちゃったな)
と、あの時の自分の幼い行動を恥じた。
家永に教わったスワイプをすると、いつか見た携帯のロック画面になった。
「……0,2,1,4」
未だにボタンじゃないのが馴染めない。
知己は慎重に液晶画面の数字をタップすると、携帯はピン♪と小気味良い音を立てて開いた。
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