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『家永……』
力ない知己の声に、戸惑いと不安と落胆と後悔と……家永の想像できるあらゆる負の感情を感じた。
「携帯、開いたんだな」
知己の負の感情に巻き込まれないように家永が言った。
『うん……あの、……俺、一緒に帰らない………ごめんな、家永』
「何を謝る。謝るのは俺だ」
『……』
知己が言葉を探しているが、見つからずに困っているようだ。
それで家永が先手を打った。
「すまないな。お前に嘘を吐いた」
『……吐かせたのは、俺だ』
やっと言いたい言葉が見つかったように、知己は言った。
『俺がお前に甘えたからだ。だからお前はずっと嘘を吐き続けなくちゃいけなかった。全部、俺の所為だ』
「……あの時の記憶、残っているのか?」
『うん。入院してた時のことはちゃんと覚えている。俺がお前にわがまま言って……お前は全て分かって受け入れてくれてた』
それを聞いて、今度は家永が少し黙った。
「……平野」
ややして、家永の方から声をかける。
『何?』
「あいつが傍にいるのか?」
『ううん』
「あいつが何か言ったのか?」
『ううん』
(それでも思い出したのか)
家永は眼を閉じた。
「………………………あいつの所に行くのか?」
『……うん』
言葉には、先ほどの負の感情は消えていた。
「そうか」
『まだ全部は思い出せないけど、なんとなく。中位さんが俺にとって特別な人だとは分かった』
(「中位さん」……)
未だに将之のことを「中位さん」と呼ぶ知己。記憶が完全に戻ってはいないのだろう。
それでも将之の所に行くと決めたのか。
(だったら……俺にとめる術はない)
「家永は……俺が中位さんの所に行っていいのか?」
戸惑いながら知己が尋ねた。
心は(いいわけ、ない!)と叫んでいる。
だが、頭痛と戦いながらも自力で記憶を掘り起こし、中位将之のことを思い出した知己に何を言ってもムダだろう。
家永は、談話室で将之と話したことを思い出していた。
「平野。俺は決めていたんだ。お前が行きたい所にいけばいいと。それが俺の所でも、あいつの所でも、お前の生きたい所ならそれでいい」
あの時の決断を、まさかこんな形で再確認しようとは。
『家永。ごめんな』
「謝るなって。お前は悪くない」
『でも、もう……迎えに来なくていい……から』
言った途端、知己の鼻がツンと痛くなった。
(不安でわがまま言って甘えた挙句に。
酷いな、俺。ずっと傍にいてほしいと思っていた親友の家永に、こんなことを言うなんて)
知らず涙が流れていた。
(俺、今、めっちゃストレスなんだ……)
そう思いながらも
『じゃあ、家永』
と言って、「通話終了」ボタンを押した。
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