中位将之という人物 6

5/6
前へ
/778ページ
次へ
『家永……』  力ない知己の声に、戸惑いと不安と落胆と後悔と……家永の想像できるあらゆる負の感情を感じた。 「携帯、開いたんだな」  知己の負の感情に巻き込まれないように家永が言った。 『うん……あの、……俺、一緒に帰らない………ごめんな、家永』 「何を謝る。謝るのは俺だ」 『……』  知己が言葉を探しているが、見つからずに困っているようだ。  それで家永が先手を打った。 「すまないな。お前に嘘を()いた」 『……吐かせたのは、俺だ』  やっと言いたい言葉が見つかったように、知己は言った。 『俺がお前に甘えたからだ。だからお前はずっと嘘を吐き続けなくちゃいけなかった。全部、俺の所為だ』 「……あの時の記憶、残っているのか?」 『うん。入院してた時のことはちゃんと覚えている。俺がお前にわがまま言って……お前は全て分かって受け入れてくれてた』  それを聞いて、今度は家永が少し黙った。 「……平野」  ややして、家永の方から声をかける。 『何?』 「あいつが傍にいるのか?」 『ううん』 「あいつが何か言ったのか?」 『ううん』 (それでも思い出したのか)  家永は眼を閉じた。 「………………………あいつの所に行くのか?」 『……うん』  言葉には、先ほどの負の感情は消えていた。 「そうか」 『まだ全部は思い出せないけど、なんとなく。中位さんが俺にとって特別な人だとは分かった』 (「中位さん」……)  未だに将之のことを「中位さん」と呼ぶ知己。記憶が完全に戻ってはいないのだろう。  それでも将之の所に行くと決めたのか。 (だったら……俺にとめる術はない) 「家永は……俺が中位さんの所に行っていいのか?」  戸惑いながら知己が尋ねた。  心は(いいわけ、ない!)と叫んでいる。  だが、頭痛と戦いながらも自力で記憶を掘り起こし、中位将之のことを思い出した知己に何を言ってもムダだろう。  家永は、談話室で将之と話したことを思い出していた。 「平野。俺は決めていたんだ。お前が行きたい所にいけばいいと。それが俺の所でも、あいつの所でも、お前の生きたい所ならそれでいい」  あの時の決断を、まさかこんな形で再確認しようとは。   『家永。ごめんな』 「謝るなって。お前は悪くない」 『でも、もう……迎えに来なくていい……から』  言った途端、知己の鼻がツンと痛くなった。 (不安でわがまま言って甘えた挙句に。  酷いな、俺。ずっと傍にいてほしいと思っていた親友の家永に、こんなことを言うなんて)  知らず涙が流れていた。 (俺、今、めっちゃストレスなんだ……)  そう思いながらも 『じゃあ、家永』  と言って、「通話終了」ボタンを押した。
/778ページ

最初のコメントを投稿しよう!

240人が本棚に入れています
本棚に追加