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中位将之という人物 7
ホテルの部屋に戻って、将之はノロノロと荷物をまとめていた。
(家永さんの策にハマって……先輩思い出しそうだったのに、何も言えずに僕は……)
だが、後悔はしていない。
そのはずなのに、荷物をまとめるスピードは鈍い。
少し詰めては、溜息が漏れる。
アメリカから直接ここに来た。
海外旅行用の大きなトランクを眺めて、
(フロントで宅配を頼もうかな)
と、思ってた時だ。
そのフロントからの室内電話が鳴った。
時刻を見ると10時近い。
このホテルのチェックアウトの時間は12時。
この時間だと、連泊か、チェックアウトかの確認の電話だと思われた。
『中位様、お客様がお見えです』
フロントの女性のセリフが、いつもと違って驚いた。
「え? 誰?」
『平野知己様とおっしゃる方が、フロントロビーでお待ちです』
「……」
逡巡し、将之は
「部屋に来るように言ってくれる?」
と告げると、女性は
『承知しました』
と答えた。
「よく僕がここにいるのが分かりましたね?」
将之より二回りは小さなキャリーを引いてやってきた知己を、将之はすんなりと部屋に迎え入れた。
表情が固い。
緊張しているようだ。
「だって、こんな海しかない場所で『ホテル』と言えば、ここくらいしかない」
ぼそぼそと言う知己に
「少しは何か思い出したんですか?」
将之はダブルベッドにゆったりと腰を下ろしながら尋ねた。
(なんで、この人……一人なのにダブルベッド使ってんの?)
ベッドメイク前の布団の乱れがやけに生々しく見えて、知己は目を反らすように窓を見た。
そこは広がる海辺の景色。オーシャンビューの格上の部屋だと一目で分かる。
(外国帰りって言ってたけど、この人、一体、何している人だろう)
と今更ながら少し怖く思えた。
「……よくは、分からない」
未だに記憶は曖昧だ。
だけど携帯の暗証番号が、目の前の人物が大切な人だと教えてくれている。
「よく分からないくせにここに来たんですか?」
「うん。よくは分からないけど……多分、俺が忘れていることで、あんたを傷つけている」
腕を組んでた将之の指が、ピクとわずかに動いた。
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