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「……ぁ」
知己が小さく声を上げ、戸惑いの表情を浮かべた。
「何です?」
知己の様子をつぶさに見ていた将之が鋭く察知して尋ねると、知己は更に困った顔をして赤くなって俯いた。
「あの……、それ……、なんか家永も言ってたなって思い出して……。
『こんなことをさせてたのか』って」
これ以上将之に嫌われたくない思いからだろう。
黙秘権は使わずに、恥ずかしさでいっぱいいっぱいになりつつも、消え入りそうな儚い声で知己は必死で説明した。
(本当に中身20歳なんだな……)
と将之が思った。
(確かにこんな初々しい先輩に『好きだ』とか『恋人になってくれ』と言われたらヘドバン状態で頷いちゃうよな……)
あの時の家永の状況が分からないでもない気がした。
が、ふと過った甘い考えを全否定し
(いーや! 家永さんの気持ちなんて分からない。そこは絶対にダメでしょ。心を鬼にして『俺じゃない』って真実を言わなきゃ……!)
絶対にできそうにないことばかり考えていた。
「……へえ。あの人がそんなことを」
家永のことは絶対に認めたくない。
「あの人、上から目線で何もかも知ってるぞーって感じのヤな人だと思ってましたが、意外に正直者なんですね」
精一杯譲歩して、将之が感想を口にした。
「う……。俺のことは何と言われてもいいけど……家永の悪口は言わないでくれ」
「あ、そこはやっぱり譲れないんだ」
将之は
(先輩らしいな)
と笑った。
うっかり家永を庇ってしまい、知己はまた将之の機嫌を損ねたかと一瞬ひやりとした。が、先ほどベンチで見た拒絶した笑顔ではなかった。
そこで知己は、もう一歩だけ踏み出してみた。
「その相手は……あんただよな?」
知己の疑問形に、将之のこめかみが「まだ分かってないんだ」とピクリと動いた。
「そう言いましたね。『かき回したのは、あなたの身体の中だ』って」
「う……ぅぁ」
自分と将之のその姿を想像して、知己が真っ赤になった。
(……なんだ、これ。やばいな)
知己の反応が、いちいち可愛い。
(家永さんばかりか、セクハラ親父の気持ちさえも分かってしまいそうだ)
将之は、新たな扉を開きかけた自分を戒めた。
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