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「で、その相手が僕だったとして……だったら、どうする気ですか?」
「あ、いや……どうって……」
改めて聞かれて、知己が困惑した。
(どうしたいんだ、俺?)
床ばかりを見つめて視線を合わせない知己に、将之がゆっくりと立ち上がって歩み寄った。
「……で? やっぱりメルヘン設定で記憶取り戻すためのキスを、いや、その先をシテもらおうと僕の所に?」
指先で知己の顎を捉えて、こちらを向かせる。
(え? そうなるのかな?)
知己は緊張の面持ちで、されるがままに顔を上げた。
正面に見据えた将之の意図が分からない。
「とんだ淫乱ですね。家永さんというものがありながら、僕の所に来るだなんて」
将之は言いながらも
(ああ、そうじゃない。僕の言いたいことは違う)
自分の本心とのズレを感じて、憤った。
ただ、長年のくせでそれがおくびにもでない。
(僕を好きになってくれてありがとうって言いたいのに。先輩がここに来てくれたのが、こんなにも嬉しいのに)
「き、記憶と取り戻すためじゃない」
「じゃ、ただシたいだけ」
「……そういうのとも、ちょっと違う」
よく考えずに、でもどうしても将之を追いかけなきゃいけない気がして来てしまっただけだ。
それをどう言ったら伝わるだろうと知己は考えたが、うまく言葉にならない。
「……俺のこと、嫌いか?」
逡巡して出た言葉は、とんでもなくダイレクトな質問だった。
「いいえ」
知己の直球な質問に、反射で将之が即答していた。
(『いいえ』って言ってくれたー……!)
体の奥底から入道雲のようにむくむくと喜びが沸き起こり、頭上から光が挿すかのような感覚になる。
だが
「いいえ。ちょっと淫乱で尻軽な先輩にも萌えますが」
(も、萌え?)
次の瞬間にはよく分からない言葉が返ってきて、知己は浮かれた気持ちのまま戸惑った。
「気持ち的には萎えです」
(な、萎え……?)
更に分からない言葉まで出てきた。
「中位さんの言っていることがよくは分からないが、俺はもう家永とはそういうことはしない」
「一緒に住むのに?」
「それもなくなった」
「え?」
「もう家永には『迎えにこなくていい』って言った」
「それは……背水の陣ですね」
やっぱり将之の言うことがよくは分からない。
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